2008年12月15日月曜日

ブログについて

休載のお知らせ

来年1月末まで、都合により更新をお休みします。
ご愛読ありがとうございます。

Merry Christmas
     and A Happy New Year!!

2008年12月6日土曜日

Hot Christmas Parade


暑いクリスマス・パレード
今日は、パーミー (Palmerston North) の街の中心、スクエア(Square) を中心に、恒例のクリスマス・パレードが催された。スクエアには、食べ物、衣料、アクセサリー、工芸品など、様々な出店が並び、暑い日差しの下、思い切り肌を太陽にさらした人々、ジャンダル(Jandal:Japanese Sandal:日本式ゴムのサンダル)を履いているか、あるいは裸足、といった格好の人々など、実に様々な夏のいでたちで、アイスクリームを舐めながら、ホットドッグを食べながら、お祭りを楽しんでいる。広場の舞台では、バンドの演奏、ダンス教室の生徒たちによるダンス、中国人コミュニティのエスニックダンスやカンフーなど、盛りだくさんだ。

このスクエアを中心に周りの大通りは、車両通行止めになり、パレードを見ようとたくさんの人々が集まり、通りの前の歩道をだんだん埋めていく。様々な、組織、団体、グループの参加で、パレードは長々と続く。小学校の生徒、先生、父兄、子供服のメーカー、大手DIY(大工道具)の店、軍隊の戦車、クラシックカーの持ち主、車椅子の人々のグループ、スコットランドのパイプバンド、IPC (国際パシフィック大学)の学生たち、一輪車団、などなどが、それぞれ工夫を凝らしてパレードに参加。歩きながらチラシや、キャンディーや、小さなおもちゃを配るグループもある。私も、写真を撮っているうちに、いつの間にかポケットにたくさんキャンディーをもらっていた。

それにしても、青い空には、ムクムク入道雲(thunder clouds)が出て、典型的夏の様相を呈している。暑い夏のクリスマスは、どうにも気分が出ない。でも、サンタさんはやっぱり白いお髭に赤い衣装で、さぞかし暑かったに違いない。(*スライドショーもあります)

2008年12月4日木曜日

MADE IN JAPAN

            (タラルア山脈の風力発電と模型飛行機)
model flying club(模型飛行機クラブ)
以前、飛行機クラブのことを書いたが、NZは、その広い土地を生かして、模型飛行機クラブも全国いたる所にある。ここパーミーとその近郊にも、3~4クラブあり、若者から年配まで模型飛行機を作って飛ばす趣味の人が多い。

パーミーの アッシュハースト・モデルフライヤーズ・クラブ(Ashhurst Model Flyers Club) もそのひとつだ。お隣のおまわりさん、マイク、も会員で、今年は会長に就任したそうだ。お天気の良い日曜日、クラブのフィールドは、20代から70代?の若者まで、それぞれの愛機を自慢したり、手入れしたり、アクロバット飛行したり、すっかり少年に戻って楽しんでいる。タラルア山脈に林立する風力発電の風車を背景に、裾野に広がるクラブ専用のフィールドは、市から年間タダみたいな料金で借り受けているとのことだ。人口の少ないNZならではの、贅沢な土地を生かしての趣味の一つだ。

会員同士の会話を、聞くとはなしに聞いていると、”フターバ、ジェイアー、セイトーは素晴らしい!”と言っている。変な発音だけど、何だか日本語っぽい?よく聞いてみれば、FUTABA (双葉電子工業)、JR(日本遠隔制御)、SAITO(斉藤製作所)のことだった。模型飛行機を飛ばすラジオコントローラーやエンジンなどのメーカーで、何と皆ほとんどが日本製を愛用していたのだ。日本のメーカーが会員の会話の中で、称賛の言葉と共に飛び交うのを聞いて、私は何だか嬉しくて、誇らしく、低い鼻がちょっぴり高くなったみたい??

2008年11月28日金曜日

Roundabout

    (Victoria Avenue とFerguson Street のラウンダバウト)

先んずれば人を制す?
人口が少ないということは土地を広く使えるということだ。NZ(特に、ここパーミーで)は、飛行機クラブのフィールド、模型飛行機クラブのフィールド、スポーツグラウンド、広い敷地に平屋建ての家、低層の建物、広い駐車場、広い公園、広い道路と、贅沢に土地を利用している。

以前ブログに書いたが、この広い道路には、駐車スペース、自転車道、芝生が半分の歩道がある。そして、中心街以外の交差点は、信号が無く右優先のラウンダバウト(roundabout:ロータリー)。このラウンダバウト、慣れないうちはモタモタしたが、一旦慣れると、すこぶる便利だ。ロータリーの周りは広く4方向の見通しが良いので、一瞬にして通れるかどうか判断できる。右優先の原則で、右側に車が来ていなければ停まることなくスイスイ通れる。ただし、右の車のその右に車が来ていれば、右の車は待たなければいけないので、その間こちらが先に行けるから、4方に目配りをし一瞬の判断が必要だ。

でも、ここで疑問が生じる。同時に、右も、その右も、そのまた右も、そのまたまた右も、右を優先して待ってるとしたら?誰が一番に出るの????先んずれば人を制す??この疑問を何人かのKiwi に投げかけたけど、皆??と首をかしげる。誰もそんなこと考えたことがないらしい。車洪水の国から来た人間だけが考えることかもしれない・・・・

2008年11月27日木曜日

NZの隅々を旅するの記4-終章

             (丘の上から:ウェリントンの街と港)

Wellington(首都ウェリントン)
ウェリントン市は、人口約18万人。BEEHIVE(ビーハイブ:蜂の巣)という愛称の国会議事堂が市のシンボルだ。交通の便がNZで一番良く、高層ビルが林立する都会だ。周囲の丘の上に住宅街が集中し、夜ともなると、山のうえまでキラキラ輝く明かりでため息が出るほど美しい。ケーブルカーで丘の上に登れば100万ドルの夜景を一望できる。丘の上には、ヴィクトリア大学の一部キャンパス、レストラン(Skyline Reataurant)、カーター天文台(Carter Observatory)などがある。天文台は残念ながら改装中で入れなかった。丘を下っていくと、植物園にも行ける。広大なので一部歩いただけで戻ったが、ケーブルカーからだけでなく街のあちこちに入り口があるようだ。

市街は、小さいながらまとまって賑やかで、ウィンドーショッピングを楽しむにはほどよい規模だ。ちなみに、街のど真ん中の近代的高層ビルディング(The Majestic Centre)の18階に日本大使館があるので、歩き疲れたら寄ってライブラリーであれこれ情報を収集するのも一案だ。

ウェリントン地方(Wellington Region)は、映画 Lord of the Rings の撮影に使われたロケーションがたくさんあるので、ワイカト地方のマタマタ (Matamata) と共に、人気があるようだ。機会があれば郊外まで足を伸ばしてみたいものだ。

2008年11月25日火曜日

NZの隅々を旅するの記4-4

        (写真:Te Mata Peakからホークス・ベイを展望)
Pukaha Mt. Bruce 野生保護区
ホークス・ベイ(Halwke's Bay)からさらに南下したワイララパ(Wairarapa) 地方の エケタフナ(Eketahuna) から10km ほど南下したところに、プカハ・ブルース山(Pukaha Mt. Bruce) がある。ここは、ブルース山国立野生動物保護区で、自然環境の中で絶滅寸前の野生動物を保護観察し、繁殖させ、野性の戻す活動が行われている。自然を生かした野生動植物園でもあり、入場者は、ブッシュの中を歩いて野生の動植物を見たり、展示室や、スクリ-ンで、絶滅危機品種の研究や繁殖の様子など見ることができる。ブッシュの中の浅い小川には、大蛇のようなウナギがたくさん群れて泳いでいる(あの1匹でウナギの蒲焼が何人前できるかしら??と、つい考えてしまう??)。
ここのキーウィハウスは楽しい。キーウィ(Kiwi birds)は、夜行性なのでガラス越しに暗い明かりの中で見ることができる。他所で見た時、たいていどこにいるのかさっぱり見えずがっかりして出てくることが多かったが、ここでは、キーウィがせっせと餌をつついているのが、ガラスのすぐ内側に間近に見え、つい時を忘れていつまでも見とれてしまうほどだ。
NZ は、あちこちの島や山に、こういった野生動植物保護区域(聖域)があり、絶滅の危機に瀕した動植物を守り、繁殖させる努力をしている。鳥の聖域オークランドのティリティリマタンギ島(Tiritiri Matangi Island)や、ウェリントンのカピティ島( Kapiti Island)やカロリ野生保護区(Karori Wildlife Sanctuary)などが有名だ。

2008年11月20日木曜日

平和な光景


マラード(Mallard) さんカップル
お天気が良く、外はジリジリ日差しが強い日だった。隣家の前の歩道に何やら鳥らしい?ものが2羽うずくまっている。ここ、パーミーは、どの通りも、歩道の道路側半分は芝生になっていて、何らかの樹が統一して植わっている。この通りは、桜の樹で、各家の前に1本ずつ植えられている。春は一斉に桜が咲いてなかなかきれいだ。

近づいて見ると、お隣の前にある、その桜の樹の下の芝草の上に、マガモ(Mallard)の夫婦が、のんびり休んで涼を?取っている。すぐ眼の前を車が行き交い、散歩の人が脇を通っても全然恐れる風も無く、じっとうずくまって(座って?)いる。カメラを持ってきて向けても一向に気にする風も無い。近くに池があるわけでもないのに、何でこんなところに??

たまに、公園の池の前の通りを、「カモのマラードさん一家がお通り」で、しばし交通を遮断することはあるが、ここはすぐそばに池や公園があるわけではないので、珍しい光景だ。カモさん夫婦の事情はどうであれ、何だか平和でほほえましく、ちょっぴり幸せをおすそ分けしてもらった気分になった。

2008年11月18日火曜日

NZの隅々を旅するの記4-3

                 (ワイナリー:ビーチハウス)

Napier ~Hawke's Bay~Wairarapa

Napier から東側の海岸沿いを南下しホークス・ベイ(Hawke's Bay )でビーチを散策し、近くのワイナリーを訪れてみる。ユニークなスペイン風の赤い建物のビーチハウス・ワイン( BEACH HOUSE WINES)。ネイピアのミッションワイナリーと違い、お客は誰もいない。あれこれ、試飲させてもらい、姉たちが比較的まろやかな味のロゼを購入した。ここは、夫妻が、別棟でB&B も経営している。また、機会があったら訪れ、泊まってHawke's Bay の温暖な気候と豊かな生産物をたっぷり味わってみたいものだ。

2008年11月12日水曜日

世界で3番目に臭い?


Epicure Cheese 
姪からメールで、NZ産のエピキュアチーズ(Epicure Cheese)とは、いかなるものなりや?との問合せがあった。日本のテレビ番組か何かで、世界の臭い食べ物比べ?で、世界で3番目に臭いものにランクされて、(でもすごく美味で)輸入禁止になっている?というので騒がれているらしい。そんな臭いNZ産チーズがあるなど、聞いたこともなかったので、すぐインターネットで検索してみた。チェダーチーズを缶で3
年間熟成させたものが臭いのだそうだ。

どうやら、フォンテラ(Fonterra:NZ最大手の乳業会社で、世界一の乳製品輸出を誇る)が "Epicure Gold Cheese" という名前で生産販売しているらしい。チェダーチーズを3年熟成させたもので、"extra sharp flavor(かなり(痛烈に)強い芳香?)" と特徴を書いている。でも缶入りではない。

まずは、食べてみないことには、答えようがないのでさっそく、現物を買いに行って来た。普通のスーパーマーケットではまず見当たらないので、比較的高級な?スーパーマーケット、ニューワールド(NEW WORLD)やカウントダウン(COUNT DOWN)に行ってみた(*NZには、高層建ての百貨店はない)。缶入りはやはり見当たらず、メインランド(Mainland)ブランド の36ヵ月熟成の密封パック入り "EPICURE CHEESE" というのがあったので、とりあえず、これを買ってきた。臭いのは、缶入りのものだけらしいので、話しの種にはならないが、美味しさは、ピカイチということで早速試食。味は・・・何だこれって普通のチーズの味・・・強いて言えばいつも食べているお徳用チーズに比べて塩味が薄い、というかまろやか・・・それに少し強い味というか下の奥に感じる癖のある味(苦味?)というか、醗酵した味?がする???でもやっぱりチーズの味、どこがどう違うの?・・・私の味覚って、貧相なのかな~???

日本人ほどグルメな人種は、世界のどこを探してもいない(か、珍しい)のではないだろうか?日本では、どこの何が美味しいと評判が立つと、たちまちそのお店の前に行列ができる。私自身は、そんなグルメではないが、やはり日本の美味しいといわれるお店の味は、こちらのおいしいと言われるお店の味とは段違いにおいしいと感じる。

エピキュアチーズにしたところで、NZ人はほとんど知らないだろう。たいてい、普通のお徳用のでかいチーズを買って食べている(?)。紅茶にしたって、本場英国からきた人たちが多いから、いつも美味しい紅茶を茶葉で淹れて飲んでるだろうと思ったら大間違い。どこのお家にいっても、出されるのは、ティーバッグをカップに入れてお湯を注いだもの(それもカップ一杯溢れるようにお湯を入れてくれる)か、あるいは少しましな場合でも、ティーバッグをティーポットに入れて持ってくるのが関の山だ。

あ~!日本!美味しいものの天国!!!グルメ天国!!!!ドラエモンの「どこでもドア」があったら、すぐに食べに帰るのに~!!

2008年11月10日月曜日

NZの総選挙

新首相誕生
土曜日NZの総選挙があり、日曜日、3期9年間政権を維持してきたヘレンクラーク首相率いる労働党(Labour Party)が大きく議席を失い、国民党(National Party)党首、ジョン・キー(John Key)が次期政権を勝ち取った。ヘレン・クラークは、労働党党首を辞任することを表明した。(122議席中、National 59、Labour 43、Green 8、Act 5、Maori 5、progressive 1、United Future 1、)

NZ経済の低迷、外務大臣のウィンストン・ピーター(Winston Peter )の政治献金使途不明問題などが重なり、国民は、経済対策、減税を政策に掲げた未知数のJohn Key に希望を託したようだ。しかし、9年間、ヘレンクラーク率いる労働党はよくやってきたように思う。誰が首相になっても一緒という、日本国民の政治不信からすると、うらやましいくらい貫禄があり、国民から慕われ、良い政治をしてきたヘレンクラーク首相に、心からお疲れ様でした、と陰ながらねぎらいの言葉を伝えたい。

2008年11月9日日曜日

Halloween Party


ドイツ式BBQパーティー
歩いて5分くらいのところに住んでいるお友達のエリック&ガビー(Erick & Gabrielle )夫妻が先週末に行う予定だったハロウィーンパーティは、お天気が悪く1週間日延べになり、昨夜催された。エリックとガビーはドイツ人で、NZに移民して2年になる。彼らは、パーティー好きなカップルで、お庭に、シュウェンカ(Schwenker)というドイツ独特のBBQ器具を備え、友達を呼んでよくパーティーをする。シュウェンカとは、焚き火のまわりに三脚を立て、大きな金属製の直径1m位の円形格子の網を吊り下げ、ブランコのように揺らしながらその上にソーセージやお肉や野菜を置いて焼きながら食べる道具だ。

遅れて、8時過ぎに行ってみると、既にたくさんの人々が、子供連れであるいはカップルで、30人位いただろうか、あれこれ工夫を凝らした衣装を身につけて、食べたり飲んだりおしゃべりをして楽しんでいた。お庭のどこかに取り付けられたスピーカーから音楽が流れ、一方の塀を大画面に仕立てて何やらハロウィーンらしい映画が上映されている。シュウェンカを取り囲んで、即席に作られた板の長いベンチに十数人が座り、エリックがハックルベリー・フィン(Huckleberry Finn)の格好をして、せっせとドイツ製ソーセージやガーリックブレッドなどを焼いている。包帯をぐるぐる巻いたミイラが、ダース・ベイダーになったアナキン・スカイウォーカーが、バットマンのジョーカーが、次々と焼けた熱々のソーセージをほおばっている。 持ちよりパーティーだが、焼く材料を持ってくればよいので簡単で気軽に参加できるところが良い。私は、皆ソーセージばかりでも、と思い、急遽、前夜メールで福岡のお友達にスフレチーズケーキのレシピを教えてもらい、焼いて持っていった。ちょっと焼きすぎたかな?と思ったけど、お味は上々、好評だった。
パーティーが盛り上がってきたとき、いきなり隣の家から花火が上がった。どうやら隣家でも、パーティーがあってるらしい。次々と上がる花火と歓声でとても賑やかだ。でも、10時過ぎには、パーティーはいずれもお開き。ドンチャン騒ぎをするわけでなくとてもお行儀がいい。飲んだくれる人もいないし、2次会に出かける人もいない。日本のパーティーと何だか違う・・・・・・
(*写真上:失敗ボケ写真:シュウェンカとエリック)

2008年11月5日水曜日

NZの隅々を旅するの記4-2

       ( Napier の海岸通のレストランAQUA とクラシックカー)
Norsewood ~ Hastings ~ Napier
さらに、国道2号線を北上し、小さな村をいくつか通り抜け、やがてかなりにぎやかな町 ヘースティングズ(Hastings )にたどり着く。Hastings やNapier、Hawke's Bayの近辺は、太平洋岸の温暖な気候に恵まれ、果樹園やワイナリーが多く、豊かな果物とワインの特産地だ。

中心街のモールは、全てのお店の屋根の上と下に(ペチュニアと思われる)花が見事に咲き誇って客を出迎えてくれる。これだけの花を一斉に咲かせるのは大変なことだと思う。よく見ると各商店の上下の花のポットには細いパイプが配管されていて、これで水遣りを一斉に行うようになっているようだ。

少しブラブラ、ウィンドウショッピングの後、モールのカフェでランチを食べ、アールデコ(Art Deco )で有名なNapier へ。王子製紙のネピアティッシュは、このネーピアに由来している。近くには、NZ 最古(1851年)のワイナリー、ミッション(Mission)がある。ミッションの広大な敷地内の野外コンサート会場には、時折、国内外から有名なアーティストのコンサートが開催されることでも有名だ。ちなみにこの年(2007年)は、エリック・クラプトンのコンサートがあり、気付いた時にはもうチケット完売。残念! 他にもたくさんのワイナリーがあり、ワイナリー巡り、あるいはアーティストの作品を展示即売しているアートショップやクラフトショップ巡りも楽しい。

夜は、海岸通のシーフードレストラン、アクア(AQUA)に予約して食事。私は、マーマーの味、と思ったけど、姉は「不味かった」そうだ。残念ながらネイピアでは、素敵なアールデコ風ホテルはどこも満杯で、少し外れたモテルロッジで宿泊。

2008年11月3日月曜日

NZの隅々を旅するの記4-1

Tararua District map (タラルア地方地図)

北島南東部ドライブ旅行
私がPalmerston Northに住み始めてすぐ姉たちが訪ねて来た時、一緒に近くをドライブ旅行(2006年12月30日~2007年1月7日)。その時の、北島南東部の旅については詳細な記録があまり無いので、旅行記と言うよりは、立ち寄った町のご紹介をしていきたいと思います。

旅程 (2006年12月30日~2007年1月7日 NZ)

Palmerston North~Norsewood(タラルア地方)
パーミーから、国道3号線を東に30分ほど走ると、タラルア山脈の向こう側に出る。このタラルア地方(Tararua District)の2号線と交差するところにウッドビル(Woodville)という村 がある。そこから2号線を北上しながら ダニバーク(Dannevirke )を通り抜けノースウッド (Norsewood )で休憩。

ノースウッド は、その名(ノルウェーの森)から想像できるように、1870年代にスカンジナビア人とスウェーデン人が初めて入植し、1872年にここに町が建設され、デンマークやノルウェーなど北欧からの入植者が住み着いた歴史的な町だ。観光路線からはずれた、この小さなひっそりとした(町というより)村に立ち寄ってみれば、どことなく北欧の伝統と文化を感じる。ここに住み着いた北欧の人たちは、Norsewear というブランドで、衣類を、天然(羊毛、ポッサムなど)の原料から製品化まで一貫して生産してきた。その品質の高さは内外共に定評がある。だが、流行に左右される衣類の世界では、地味な製品は商業的に立ち行かなくなってきたことは事実で、この数年他のブランドと提携し全国的展開を試みるようになったようだ。観光客相手のお店に置いているものは、気をつけないと、大量生産のMade in China が多い。上質のウール、ポッサムやアンゴラ製のセーターやシャツ、靴下、帽子、ブランケットなど、少し値は張るけど、Norsewear は、末長く愛用できる純正 Made in NZ でお薦めだ。他にも、NZで最も小規模のチーズファクトリー、クラフトショップなどあり、足を伸ばして楽しめる町(村?集落?)のひとつだ。

旅のヒント:車で旅をする時は、Information Center に立ち寄りあれこれ情報を得る他に、AA(Automobil Association)でも、地図やホテルなどの情報をたくさん得ることができます。

2008年10月31日金曜日

異国で病気をすると


食べたくなるもの

先週末から咳が出始め、数日して微熱、痰、と、徐々に風邪の症状が出始め、今朝は、喉が腫れて痛い。こちらに来て12月で2年経つことになるが、鼻風邪を引いた位で、幸い大病もせず来れたことを感謝。

今回も、寝込むほどではないが、どうにも食欲が無い。こういうとき、トーストやベーコンエッグなど食べられたものではない。卵入りおかゆを作り梅干で食べることにする。少し、和風出しの素を入れて、塩で調味し、卵をほぐして入れ、チャイブのみじん切りを散らして、熱々のおかゆに梅干を載せる。

大事に残しておいたお友達が送ってくれたお手製の梅干は、紫蘇も入っていてすごく美味しい。姉が来る時や何かを送ってもらうついでの折に、梅干を送ってもらうが、いつもインターネットで買ったもので、蜂蜜入り自然食品と銘打ってはいるが、どうしても、人口甘味料?と保存料の味がして舌にいやな味が残る。でも、お手製の梅干はすっきりした味で、特に胃が弱っている時には、すごくおいしいしありがたいものだ。

食べながら頭をよぎるのは、ジュ~ジュ~脂ののった焼きたての秋刀魚!!大根おろしとカボスをたっぷり搾って、出し醤油をかけて・・・湯気の立つ新米!それに、ごぼう、サトイモ、白菜(*ではない、大根、それにアブラゲ、でした)、ニンジン、トーフがたっぷり入った熱々の豚汁(*それに刻み細ネギをたっぷりかけて)!!!あ~!!食べた~い!!!
(*100円ショップで買って持ってきたお箸と箸置きと塗りのお盆。けっこう重宝してます。)

2008年10月23日木曜日

NZ事情 11

結婚後の姓
NZ は、結婚後の姓を、自由に選べる。

1.結婚前の姓をそのまま名乗る。
2.夫の姓を名乗る。
3.妻の姓を名乗る。
4.二人の姓をミックスした名前を名乗る。(例:二人の姓を-(ハイフン)で一つにする)

Helen Clark 首相は、結婚しているが、結婚前の姓をそのまま名乗っている。マスメディアは、Miss Clark と呼んでいる。Miss Clark のご主人は、社会学者(sociologist)のPeter Davis 氏。Miss Clark とDavis 氏とは、5年間パートナーの関係にあったが、労働党から首相として立候補することになった時、一部の労働党メンバーから結婚するようにと圧力がかかり、しぶしぶ?結婚したという経緯があるそうだ。このエピソードから察するに、彼女自身は、結婚や、姓を変えることに懐疑的?なようだ(参考サイト:wikipedia)。ちなみに、Miss, Mis, Mrs, などの敬称(title)も、色んな場面(銀行口座開設申請時など)で自由に選んで申告するようになっている。私は、全てMs.を選ぶが、クラーク首相は、Missと呼ばれるのがお好きなようだ。

ここパーミーで、オーガニック栽培で家庭菜園を楽しんでいるChris & Hern 夫妻は、ふたりの姓をつなげて Teo-Sherell (奥さんのHernさんは中国系シンガポール人)と名乗っている。

日本の場合、結婚したらどちらかの姓を名乗らなければならない。たいていの場合、妻が夫の姓を名乗る(婿養子?の場合は逆のようだが)。愛し合って結婚する時は、姓を共有することでひとつの家族になりたいと願い、夫の姓を名乗りる。これが、一旦離婚となると大変だ。子供への影響を考えて妻はそのまま離婚後も夫の姓を名乗るとか、社会的に名が通ってしまって変えられないとか、夫の姓を嫌って元の姓に戻るとか、色々有りだが、この姓の変更で大変な思いをするのは、女性の側だ。姓を変えるたびに、大変面倒な手続きをしなければならない。NZのこの結婚後の姓についての制度は、日本も学ぶべきではないだろうか?自由な選択肢があれば、理由は様々だろうけど(フェミニストは躊躇無く別姓を選ぶだろうし)少なくとも、面倒な手続きがいやであれば、変えない選択をできるのだから。日本でも、二つの姓を結合して付けることが法的に許可されたら面白いことになりそうだけど・・・山下さんと川上さんが結婚して、山川さん?上下さん?

2008年10月20日月曜日

NZの隅々を旅するの記3-別編

             (Cape Reinga の標識)

北島の北端までドライブの旅
1週間ほど間を置いて、また、北の方へ行く機会が訪れた。今度は、NZにロングステイする日本人の知人のSuga さんの運転する車で、やはり日本からのショートステイのHisako さんと3人で最北端のCape Reinga まで、一泊二日のドライブ。Suga さんの車は、ベンツでとても快適だ。太平洋に面したビーチを右手に見ながらState Highway1(国道1号線)を北上し、要所要所で寄り道していく。好きな時に好きな所へ行けるのがドライブ旅行の醍醐味だ。Auckland City から Takapuna、Albany、Orewa、温泉のあるWaiwera、Warkworth と快適に車は走る。と、対向車線を走って来た車が、ライトをピカピカ点滅させるのに気付いた。もしや??と思うまもなくその後方からパトカーが走ってきた。そのパトカーは後方でU-ターンして私たちの車を追跡してきた。止まれ!と合図している!!!3人とも英語は解らない振りをしようと話し合って、覚悟を決めて道路脇に pull over (停車) する。と、背の高いハンサムなお巡りさんが出てきて、運転しているSuga さんに 、 "Do you
understand English?" とか、聞いている。それに "No" と答えているところが何ともおかしい!!結局、30 キロオーバーで230 ドル罰金を払わされる羽目になったそうだ。何故、反対車線から来たパトカーにスピードが分かったの??の疑問にそのお巡りさんは「センサーがついてるから」と、答えたそうだ。へー、NZのパトカーも結構進んでる~!!と3人で妙なところで感心してしまった。
NZは最高速度100キロで、狭い道や曲がりくねった山道でも郊外の道路はほとんど100キロで走れる。物理的に100キロで走れるわけがない狭い山道のカーブのところも(命が惜しくなければ)100キロで走ってもいいのだ。Passing Lane(追い越し車線)の手前400メートル、200メートルと言った風に、それを知らせる標識が出ていて無理な追越をしないよう警告している。これはとても良い方法だと思う。

罰金の件で意気消沈したものの、気を取り直して、また、100キロ以上にならないよう気をつけながら一路北へ。午後1時過ぎに、お腹がすき、ファンガレイ(Whangarei )のヨットハーバーでランチタイム。Cafeでカプチーノだけ頼んで、Hisako さん心尽くしのお手製お弁当を開いて美味しいおにぎりなどをほおばる。NZ の Cafe の人々は大らかで、持込みで食事をしたからといって咎めたりしない?(それとも、あまり大っぴらにするので何も言えない?)ようだ。コーヒーを運んできたウェイトレスのお姉さんがおにぎりを見て "Cute!!" と言って笑顔(?)で去っていった!

Whangarei を出てカウィティ(Kawiti )というところにある土ボタルの洞窟glow worm cave に行った。ワイトモ(Waitomo) の土ボタルほど有名ではないが、マオリの歴史に深く関係したこの洞窟は一見の価値がある。土ボタルの数こそワイトモ にはかなわないが、間近に糸を引く光る土ボタルを見ることができる。洞窟の中に流れる小川には、大きなうなぎ(*NZのうなぎはすごくでかい!直径10センチ体長1メートル以上なんてざら!)やザリガニが主のように住み着いていて、(マオリ族の首長の夫を殺し、この洞窟に逃げ込み住み着いたという勇ましいマオリの女性の伝説を話してくれ、その女性を先祖に持つという)ガイドの女性が、エルビス、マイケル、ティナ(Elvis、 Michael、Tina) などとそれぞれに名前をつけてかわいがっている?ようだ。洞窟を出て原生林の散歩道を歩いて案内所に戻るコースも趣があっていい。

泊まった所は、ケリケリ(Kerikeri)。前回のパイヒア(Paihia )より少し北に位置する美しい町だ。今回は行き当たりばったりで、モテルを探した。町の入り口に見つけたモーターロッジ (motor lodge) は、5エーカー(1エーカー≒1,224 坪)の敷地内に、6つの独立したcottages が建っていて、それぞれのコッテージに は、名前がつけられている。周りは美しい花や樹木で囲まれ、すばらしい環境の別荘風ホテルだ。Robinia(花の名前だそうだ)という名がつけられた私達の泊まったコッテージは、2-bedroom とキッチン&ダイニング、シャワールーム、トイレットで、175ドルだという。シーズンオフで既に安くしているというのを試しに値切ってみたら、気持ち割り引いて170ドルにしてくれた。値切って申し訳なかったと思うほど、すばらしい所だ。小鳥がさえずり、美しい花が咲き乱れ、よく手入れされたお庭から、裏庭へ行くと、一見熱帯雨林を思わせる椰子の木が密生したブッシュの隅にアジサイが、もう5月だというのにひっそりと夏を惜しむかのようにまだ、枯れずに見事に花を咲かせたままでいる。dinner はちかくのsupermarket で買ってきた食糧と持参したおにぎりなどで済ませた。長い夜をラジオから流れる音楽にあわせ Hisako さんと私はダンスに興じて盛り上がる。夜中に、誰かがトントントントン壁?か屋根をたたく音で目が覚め、眠れなかったのには閉口したが、後で聞くと、どうも夜行性の鳥 (nocturnal bird)? の仕業らしい。

翌朝、ガラス越しにまぶしい朝日を背中いっぱいに受けながら、Suga さんが早起きして準備してくれた豪華な!?朝食をゆったりとした気分でいただき、10時にチェックアウト。目指すは、北島の北端、Cape Reinga だ。遅い出発で時間がないので、途中の90-mile Beach は割愛し、ひたすら北端に向かって走った。途中、給油で立ち寄った小さな町、カエオ(Kaeo)。外で待ってると給油所のお姉さんが出てきて親切にもこの町のマオリの史跡について解説してくれた。やはり、田舎に行くほど人々は親切で暖かくてうれしくなる。

Cape Reinga の灯台には、Tokyo 8,831km、 Sydney 2,160km、 London19,271km、 Vancouver 11,434km などと標識がそれぞれの方向を向いてポールに取り付けられている。8,831km 先にある東京を遥かに望みながらしばし物思いにふけってみる。崖の下はゴツゴツした岩場。その周りが白く波立って覗き込むと思わず吸い込まれそうな気分になる。日本なら自殺の名所になりそうだな、と考えてしまう。

帰りはAwanui の Ancient Kauri Kingdom のレストランで遅いランチを摂り、その横にあるカウリの木の工芸品店を見て回った。店の中心にある大きなカウリの木をくりぬいて作られた、二階につながるらせん状の階段は圧巻だ。

Auckland まで6時間ほどかかる。既に日が落ちて暗いカーブの多い山道を走ると濃霧(fog)で1メートル先もよく見えない。100キロどころか、10キロくらいのノロノロ運転で緊張の連続だった。NZは12月頃は、夜9時頃まで明るいので遅く帰っても大丈夫だが、冬は5時頃日没になるので行動範囲も狭まる。それを計算に入れて旅行をしなければいけない。
北島の北の方面にはまだまだ訪れて見たい素晴らしいところがたくさんある。また、機会を作って気ままなドライブ旅行をしたいものだ。
(これでNZの隅々を旅するの記3は終わります。次は、南島West Coastの旅です。)

2008年10月17日金曜日

NZの隅々を旅するの記3-8

               (Russelの町の素敵なお家)

5月6日 島巡り~kerikeri~Kawakawa~Albany
朝食は、シリアルに果物、チーズなどたっぷり摂った(これが後で仇になるとは (-_-;) トホホ)。飲み物は、ハーブティー、コーヒー、ティー(全てティーバッグ)などキッチンにたくさん備えてあり自由に飲んでいい。新聞(New Zealand Herald紙)も朝、玄関に入れてくれていた。朝8時半発のクルーズに乗るために7時半にチェックアウト。

Paihiaの港まで車で行って船に乗り込んだ。クルーズは、小さな島が点在するBay of Islands 巡り。港からあいにくの雨模様になり、波が荒いので Hole of the Rock を通り抜けることはできないとのことだった。Hole of the Rock とは Bay of Islands の湾の南側の半島の先端の海に位置する文字通り穴の開いた大岩だ。この日は特に波が荒く、そばまで行ってカメラを向けたが大揺れの船上で立っていられない。椅子に座って手すりにしっかりつかまりやっとの思いで岩穴の様子をビデオに収めた。

が、朝食を食べすぎたせいか、カメラに集中したせいか、ムカムカしてきて、先に船酔いする人のために配られたsick bag をあわてて取り出した。これが悲劇の始まり・・・・(;ロ;)・・・そのbagは飛行機内に備えてあるのとは違って、駄菓子屋さんの紙袋みたいに薄っぺらに見えた。が、しかし、チェックしてる暇なんかない!!急いで袋の口を広げて顔を突っ込んだ。セーフ!!!と、安堵したのも束の間、次の瞬間、たっぷり摂った朝食の残骸?はたっぷり水分を含んで重く、見事に紙袋の底を抜けてひざの上に!!!そこから床の上に大洪水!!!ウ~最悪~!!そばにいた女性が、「私もアメリカを旅していたとき同じ経験があるから、気にしないで」としきりになぐさめてくれるけど、気にしないでいられる~~~?!わけないでしょ~~~!!!先ほど、この劣悪な袋をくれた船の世話係?の人が飛んできて、”Are you OK?” 私、 「OK じゃありません!!下の船室に行ってデニスという男性がいるから呼んで来て!!お願~い!!!」。すぐデニスが飛んできて、水を持ってきてくれたり、マメに面倒を見てくれたが、ジーンズの膝から上は、ベチョべチョ!!ウ~クサ~!!!ミジメ~!!~(>_<。)~  教訓!船に乗る前は食事を控えめに・・・・

途中、Russel で観光下船、港の近くにビーチハウスがあったので、中でジーンズを脱いで、とりあえず汚れた部分だけごしごし洗って思っていたハンドタオルで水分を取り、また穿いてウィンドーショッピング。お天気が良くなって歩いているうちに自然乾燥。クルーズを終え、下船した所にあるレストランでランチを食べ、再びオークランドへ。戻る途中、Kerikeri で、NZ 最古の木造の家、Kemp House(Kerikeri Mission House: 1822年建造)や石作りの建物Stone Store(1836年建造) など史跡をたどり、Kawakawaで、(アーティスト:Frederick Hundertwasser による) タイル芸術で有名な公衆トイレなど見て、帰路に。アルバニーに戻り最後の夜をファームハウスで過ごす。

ハプニングもあったが、9日間の楽しい旅はあっという間に終わった。5月7日姉たちを空港に送り、私は、もう少し滞在を伸ばし、Reiko & Allanのファームに戻った。
(次は、北島の旅別編)

2008年10月15日水曜日

NZの隅々を旅するの記3-7

           (ホテルブルーパシフィックからの眺め)
5月5日(木) Bay of Islands へドライブの旅

現地に詳しい友人のドライバーを得て心強く、北島の北東部まで1泊2日のドライブ旅行。Kiwiの友人Dennis (4月23日付け「NZの楽しみ方1、2、」で紹介済み)の運転で、姉、その友人の4人でBay of Islandsを中心に周った。彼は歴史に詳しく、道中、ずっとマオリの歴史にまつわる話や、マオリ語の意味を説明しながらの運転で、長い車中もちっとも退屈せずに行けて楽しい。着いてすぐ予約していたホテルにチェックインして、荷物を置き、MaoriとPakiha(マオリが19世紀初頭のヨーロッパ系白人入植者をこう呼んだ)が初めて平和条約を結んだ歴史ある街、Waitangi(ワイタンギ)へ行き、歴史の香りがいっぱいの史跡を回った。

泊まったところは、美しいビーチで人気のあるPaihia(パイヒア)というところ。ホテルは、インターネットのホテル紹介サイトで場所と写真からよさそうだと思って予約しておいた2ーbedroom のアパートメント式のホテル(Blue Pacific)だ。4人で泊まるのに充分な部屋だ。1泊195ドル。シーズンオフで、インターネット予約だから普通の料金よりかなり安くなっている。一人当たり50ドル足らずだから、4人で行くと旅行は割安だ。NZには、あちこちにこのアパートメント式のホテルがあるからファミリーで旅行する時は、便利だ。キッチンには全て必要な器具食器類が完備しているから、スーパーマーケットで食料を調達してくれば外食ばかりになる旅行でバランスの良い食事を補給できる上に、とても経済的。

Blue Pacific は、Paihiaのmain streetからは、ちょっと外れているので静かだし、眼前に美しい大海原を見下ろす高台にあるので眺望はすばらしい。姉は、このアパート式ホテルがことの他気に入って、”ずっとこんな所に住めたらいい!”と、それ以来、ホテルを予約する時は、アパート式にして、と要求するようになった。ベランダにジェットバス(air bubble bath)が置いてあり、小雨で外は肌寒いのに、Dennisは、温泉気分で太平洋につながる海と島々を眺めながら1時間以上鼻歌を歌いながら泡風呂を楽しんでいた。広々としたリビングダイニングには、食器洗い機から食器類、オーブン、冷蔵庫、洗濯機と生活に必要なものが全てそろった清潔なキッチンがあり、たった1泊ではもったいないほどだ。近くにある、スーパーマーケットで朝食の買い物を済ませ、ディナーは、近くにある、古い船を改造したレストラン"Sugarboat"に行ってseafood 料理を楽しんだ。元々、砂糖を運ぶ船だったというこの船のレストランは、ユニークで、お料理もけっこう美味しいし、お薦め。

2008年10月13日月曜日

Rhododendron


            シャクナゲの咲く家

石楠花(Rhododendron)の季節はそろそろ終わりで、載せる時期が遅れましたが、エスプラナード公園の近くの家の石楠花の木があまりにも見事だったので撮ったものです。NZのシャクナゲは、大木になる種類?のようで、冬の季節(7、8、9月頃)あちこちの家庭で、公園で、こんな風に見事に花だらけのシャクナゲの木を見かけます。

羊のいる滑走路

           (写真をクリックすると羊が見えます)
aero club(飛行機クラブ)
NZは、飛行機クラブが全国いたる所にある。セスナやグライダーなど小型飛行機で実際に飛ぶaero club、あるいは、模型飛行機を組み立てて飛ばすのを趣味にした人のflying clubなど、NZでは、飛行機は、お金持ちの趣味ではなく、ごく普通の人たちが飛行機を操縦したり飛ばしたりして楽しんでいる。広い土地があるから(あるいは人口が少ないから)こそできる余暇の過ごし方ののひとつだ。ここ、パーミーの郊外、フィールディング(Fielding )にも実際に飛行機を操縦するクラブManawatu Microlight Club(マナワツ マイクロライト クラブ)がある。日曜日に、そのマイクロライトクラブとやらを飛行機狂の友達と覗いてみた。

日曜日とあって次から次へ、小さな2人乗りの飛行機が滑走路から飛び立っていく。広い敷地内には真ん中に牧草地、その両側に滑走路があり、手前の滑走路から飛び立ち向こうの滑走路に着陸するようになっているようだ。真ん中の牧草地には、羊がのんびり草を食んでいる。その牧草地に、次々と、ライト兄弟の飛行機みたいな二人乗りのオープンカー、ならぬオープンプレインが着陸してくる。草がクッションの役目をしてくれるので滑走路に降りるより具合がいい?
羊たちはそのクッションの役割をする草を食べていつもきれいにしてくれる。羊と飛行機の接触事故はないのかしら?と心配しながら見ていると、どうやら、羊は集団で牧草地の半分に寄ってはそこを食べ、そこの草が無くなったらあとの半分に来て食べて常にどちらかに寄って食べているので飛行機はその羊がいないほうの側に降り立ってくるということらしい。芝刈りの手間が省け、羊も飼えて、実にNZらしい、合理的な方法だ。羊たちは、のんびり草を食べながら、ちゃんと近寄ってくる飛行機を感じ取っては上手に避け、騒音も一向に気にする風もない。ふと足元を見ると、いたるところに黒い糞が!!!どうやら彼らは、このクラブ内を自由に動き回っているらしい。上を見ながら歩くと危険!ご用心!!

2008年10月10日金曜日

NZの隅々を旅するの記3-6

           (Muriwai Beach:ムリワイビーチの岩場)
5月4日 (水)Albany(アルバニー)近郊ドライブ
Reikoさんの案内で、Albanyから近い、ワイナリーで有名なクミュ(kumeu)からムリワイビーチ(Muriwai Beach)までドライブ。ムリワイビーチは、ガネット(gannet:Takapu:マオリ語)コロニー(群生地)として有名だ。海に突き出ている高い岩場には、春になると渡り鳥のガネットが集団でオーストラリアの海からやってきて巣作りをする。子育てを終えると夏の終わり(3月頃)に再びオーストラリアの海に飛び立っていく。2~3年すると飛び立った若いガネットが繁殖のために戻ってきて巣作りを始める。シーズン(夏)にムリワイビーチを訪れるとあちこちの高い岩場に白い鳥が押し合いへし合い、集団でいるのを見ることができる。残念ながら、今日は、すでに飛び立った後でガネットを見ることはできなかったが、潮が引いた後の低い岩場のあたりに、まだ小さいグリーンマッスルの群れ(写真:右の下のほうにあります)がびっしりくっついているのを見ることができた。
ムリワイビーチには、人気のゴルフコースもある。ゴルフ好きの人には、魅力的なゴルフコースの一つらしい。

NZの隅々を旅するの記3-5

              (Huka Falls:フカフォール)
5月3日(火) Taupo~Auckland

午前中、マイクロバスで雨のぱらつく中をタウポ観光。クレーターズ・オブ・ザ・ムーン (Craters of the Moon)、地熱発電所、フカフォール(Fuka Falls)、アラティアティア急流Aratiatia rapids)などを周り、夕方インターシティバスで帰路へ。オークランドのスカイシテ ィに6時頃帰着。Allan の迎えの車で再びファームハウスへ。

2008年10月4日土曜日

NZの隅々を旅するの記3-4

                  (羊ショー)
5月2日(月) Rotorua~Taupo

午前中、ツアーバスに乗ってテプイア(Te Puia)の美術工芸学校(The New Zealand Maori Arts & Crafts Institute )、レインボースプリングス(Rainbow Springs)ファカレワレワ 地熱谷(Whakarewarewa Geothermal Valley) 、羊ショー(上写真)などを楽しんだ。残念ながら、ゆっくり温泉(ロトルアに来て温泉に入らないなんて!!)に入ったり、ガバメント・ガーデン(Government Gardens)の博物館、オケレ滝景観保護区(Okere Falls Scenic Reserve)、その他自然景観の素晴らしいところがたくさんあるので体験したかったけど2泊3日でお決まりのコースを行く団体ツアーではそれは望めない。やはり、短期間であればこそ自分のしたいことを中心に自分で企画して実行すべきだったと少し悔やまれた。

その後、タウポ(Taupo)に向かった。タウポに着いたらバス停までホテルの人が迎えに来てくれる手はずになっていたが、なかなか来ない。業を煮やして、公衆電話で電話をすると、「すみません。今人がいなくて帰り次第すぐ迎えに行きます」。30分以上待ってやっと迎えに来てもらった。その上、ホテルは、個人経営のモテルタイプで2階に部屋があり、外の階段を自分で荷物を持って上がらねばならず、評価は★マイナス1!!
朝から観光でどっと疲れてしまったが、少し街を歩き、夕食をするのに、しばらく街の通りを探し回った末にとあるレストランに入った。そこで、それぞれが好きなものを1品ずつ注文し、サラダを1皿頼んだ。やがて運ばれてきた皿には、いずれもこれが1人前?!!と言うくらい、これでもかこれでもかと大盛り!!以前もこれで失敗したことがあるのに、また1人前ずつ頼んで、結局2人前も食べきれず山のように残してしまった。この国では、1皿20ドル前後する値段だったら、まず、特別高い材料(クレイフィッシュ(イセエビ)など)でない限り2~3人で食べてちょうどいいくらい?大量に盛られているから、己の胃の大きさとよく相談して注文したほうがいいようだ(教訓)。(続く)

2008年10月1日水曜日

NZの隅々を旅するの記3-3


5月1日(日) Hamilton ~Rotorua

Reiko さんが、予約していてくれた、北島南部の町、ハミルトン(Hamilton)、ロトルア(Rotorua)、タウポ(Taupo) を周る2泊3日のバス旅行に出発。バスは、インターシティ(Intercity)。朝8時20分、スカイタワー(Sky Tower)から出るのでご主人のAllan が送ってくれた。ノースショアシティからオークランドシティまでの道路は、ウィークデイの通勤時間帯は、すごい渋滞で40分以上かかるのに、この日は日曜日でガラガラ。スカイタワーまで15分で着いてしまった。このバス旅行は旅行代理店の企画したパック旅行で、ホテルと要所の観光を含んだ値段で、3人分、1,614ドル(1人当たり538ドル)。

まずは、Auckland から1号線を南に3時間ほど走ったところにあるHamilton で、ワイトモ洞窟(Waitomo Caves)観光。ここは、土ボタル(glow worms)で有名なところ。洞窟の中を歩いて降りていったところに細い川があり、そこで船に乗り込む。シンと静かで真っ暗な狭い洞窟の中の川を進みながら、暗闇に眼が慣れてくると、湿った周りの岩盤のあちこちに土ボタルがキラキラ、天の川のように美しく光りを放ちながらぶらさがっているのが無数に見えて神秘的だ。

その後、ハミルトンを後にして、ロトルアへ。ロトルアのホテルは、Kings Gate Hotel。このホテルは(*あまりお薦めできません)市街地から少しはずれにあり、温泉に行くにはちょっと不便で、結局ホテルのお風呂でがまん。オプションのマオリショー(Tamaki Brother's show)に予約していたので、夜はマオリの文化や生活様式を再現したTamaki Maori Villageで、マオリの踊りや歌、ハンギなどのショーを楽しんだ。ディナーつきで、1人80ドル。このマオリショーの送り迎えをしてくれた大型バスの運転手さんは、20人以上はいると思える客の名前を一度聞いただけで全部記憶してしまう特技を持っていて、日本人の私達の名前もたちどころに覚えて、名前を呼びながら何かと話しかけて愛想を振りまく。で、たちまち皆の人気者になってしまった。どうやら、彼は、このマオリショーツアーの名物男のようだ。ハンギは、実際作るところを見せるのではなく説明だけだったので少々がっかりしたが、全般的に楽しめるショーだった。費用は、3人分240ドル。(*他にも、実際にマオリ族の住んでいる村とか観光するツアーもあるので個人旅行の時は検討した方が良いようです。)

2008年9月30日火曜日

NZの隅々を旅するの記3-2

                ( ファームの日没)
            
4月30日(土) オークランドでファームステイ
今回は、オークランドのノースショーシティ(North Shore City) のアルバニー(Albany)に住んでいるお友達夫妻の家にステイし、そこを基点にあちこち周ることにした。 Reiko & Allan 夫妻は、2000年頃、広い土地にファーム付きの大きな家を建てた。5部屋あるので、Reiko さんがB&B(希望すれば朝食だけでなく、昼も夜も食事を出してくれる)を始め、泊まり客の食事から旅行の手配、送り迎えまで、お世話をあれこれ細やかな気遣いでしてくれる。

夫妻で空港まで迎えに来てくれ、私たちは、2部屋に分宿、くつろいだ。ファームには羊が10匹、それに半分野生化したアンゴラウサギのバニー(*バニーは、残念ながら2006年に死亡)、たまに出てくるハリネズミなどに歓迎され?本格的ファームではないけど、ファームライフもちょっぴり味わえてのんびりできる素敵なお宅だ。夕焼けのファーム、朝靄の中のファームを望むお家で、忙しい日本から抜け出してきてしばしエネルギーの充電、命の洗濯。この夜は、お二人に久しぶりに会っておしゃべりに花が咲いた。
(*スライドショーをクリックしてマイ フォトに行くと公開アルバムを見ることができます。少しずつ旅の写真もアップロードして行きます。)

2008年9月27日土曜日

NZ事情 10

Daylight-saving time(夏時間)
NZは、夏時間が明日(28日)、9月最後の日曜日から始まる。今夜12時にスタートするので、1時間時計を早める作業をして寝なければならない。NZは北→南(*失礼!南極の間違いでした)に近いから夏の日照時間が長い。ここPalmyは真夏は夜9時半位まで明るいし、最南端のインヴァーカゴ(Invercargill)辺りは11時近くまで明るいそうだ。だから夏時間を採用することで大いにエネルギーの節約になるらしい。でも、明るいから時間を忘れてつい遊びすぎ、お腹空いたなと~感じて時計を見るともう9時過ぎていたなんてことになって、自分のエネルギー節約にはあまりならないかも??
*日本との時差は、明日、28日から4時間差になります。

2008年9月25日木曜日

NZの隅々を旅するの記3-1




4月29日(金)福岡~シンガポール
福岡を10時半に出て、シンガポールに15:40着。オークランド行きは、夜9時に出る。5時間ほどの待ち時間を利用して、シンガポール観光をすることにした。手荷物だけ持って、空港の案内所で、タクシー(cab)を紹介してもらい、運転手と、4時間足らずの観光の値段交渉。1万円(シンガポールドルで153.6ドル)で交渉成立。運転手の名前は、Eddy Lee さん。姉と私は、シンガポールの旅行経験があるけど、もう一人は初めてなので、主な観光ルートをザ~と周って貰うことにした。お決まりの、マーライオン公園から、オーチャードロード、アラブストリート、リトルインディア、チャイナタウン、などをドライブしながら所々で写真休憩。ランチ時は、彼が行きつけの地元の人しか行かないと思われる庶民的なフードセンター(写真上:horkers:屋台街)に連れて行ってくれた。Leeさんは、とても気のいい人で、私が、ドリアンを食べたいと言ったら、ドリアンを売っている屋台で食べごろのドリアンのカットしたものを買ってきてくれプレゼントしてくれた。

1999年3月、NZから帰国する時、シンガポール航空を利用し、ストップオーバーでシンガポール1人旅(4日間)をしたことがある。街を散策している時、屋台でシンガポール人の女の子二人が、ドリアンを丸ごと1個買って、2つ割にしてもらって手掴みでおいしそうに食べているのを見て私も食べてみたくなり、ドリアンの切り売りを買ってホテルに持ち帰った。味はともかくすごい臭いに圧倒され、少し食べただけで気分が悪くなりごみ箱に捨ててしまった。部屋中すごい臭いで、余計気分が悪くなった。後で、ホテルの注意書きに、「ドリアンの持ち込み禁止」とあるのに気付いたが、旅の恥は書き捨てでそのままチェックアウトしてしまった申し訳ない思い出がある。きっと、あの部屋は、しばらくあの独特の臭いがしみ込んで取れなかったに違いない(x_x;)。
今回のドリアンはさすが、現地の人が選んでくれただけあって、その独特の臭いは変わらないものの、ネットリ熟して美味しかった。今回は、ほとんど車から町を眺めながらの観光だったがけっこう楽しめた。8時まで観光し、その後、空港まで送ってもらい、21:00発、SQ 285に乗り込んでオークランドまで夜間飛行。(続く)

2008年9月24日水曜日

Moonlighting

教師の夜のバイト
Is it okay for a teacher to moonlight as a prostitute?
"An Auckland primary school teacher is moonlighting as a prostitute, throwing her school bosses into a into a quandary over her future. The woman, a mother of two children in her 30s, is new to teaching and moonlights as a prostitute to boost her income....... " (
NZ Herald web newsより)

「オークランドの小学校で新任の女性教師が、夜は売春婦としてバイトをしていることが発覚し、学校は彼女に対する処遇に頭を痛めている。この女性は、30代で、二人の子供の母親。生活のためにムーンライティング(moonlighting:夜のバイト)をしている。・・・・」

この件に関してNZヘラルドのウェブニュースで賛否両論の様々な意見が寄せられている。NZでは、小学校教師の給料は非常に低いと言う。この女性が、子供二人抱えてバイトをしなければ食べていけない状況にあることは容易に察しが付く。だからといって、容認できることではないだろうが・・・

NZで売春が合法化された後、女性警察官が夜のバイトに売春をしていたということで、物議をかもしたことがある。以前、このブログでダニヴァークのメインストリートで娼館を開業する、というニュースについて触れたことあるが、娼館「ミダラな女たち」は、賛否両論の中で8月に開業し、ビジネスは順調に行っているらしい。

警官や教師が、夜のバイトに売春婦(夫もあり?)をするとしても、これが合法的な職業であれば、現職に支障をきたさなければ、やっても雇用側は、解雇できない?ということになるのだろうか?売春合法化で、税金を徴収できる、とか、性病予防効果があるとか、以前も意見があったが、果たして、本当にプラスなのだろうか?私には、やはり、男性に都合のいい法にしか思えないのだが・・・

2008年9月23日火曜日

NZの隅々を旅するの記3ー序章


北島の旅 (2005年4月29日~5月8日)プラン


2005年5月の連休を利用しての10日間、姉とその友達の、第2回NZ旅行の企画、ツアーガイドをおおせつかった。前回は、南島中心だったので、今回は北島を中心に周ることにした。シンガポール航空を利用したので、往きはストップオーバーの待ち時間を利用して、シンガポール4時間観光も盛り込んでみた。

旅程(itinerary)2005年4月29日~5月8日
4月29日: SQ 989  福岡発:10:30 
             シンガポール着:15:40
       4時間程のシンガポール観光
       SQ 285 シンガポール発:21:00
4月30日: オークランド着:10:25
5月 1日: ハミルトン経由ロトルア観
5月 2日: タウポ観光 
5月 3日: タウポ観光をしてオークランドに戻る
5月 4日: ムリワイビーチ
5月 5日: ベイ オブ アイランド
5月 6日: ケリケリ
5月 7日: SQ 286 Auckland 発:14:10
Singapore 着:20:45
5月 8日: SQ 990 Singapore 発:01:00
Fukuoka 着:08:00


2008年9月21日日曜日

Sakura Festival


IPCの桜祭り

昨日(9月20日、土曜日)、Palmy のIPC(インターナショナルパシフィック大学)で恒例の桜祭りが催された。マナワツ川(Manawatu River)にかかるフィッツァーバート橋(Fitzherbert Bridge)を渡って左の方に丘を登っていくと右手にIPC のメインキャンパスがある。橋を渡って右に行くとマッシー大学(Massey University)。そのマッシー大学に通って日本語を勉強しているキャサリン(Catherine)に誘われ、彼女の友達も含め4人でIPC に出かけた。金曜日まで雨が多かったのでお天気が心配されたが、幸い良い天気に恵まれ、たくさんの人出だ。
IPC は、以前ブログでちょっと紹介したことがあるが、日本とNZの共同プロジェクトによって設立された初めての私立国際大学とのことだ。門のところで、浴衣を着た日本人の女子留学生たちが桜祭りのプログラムを配っている。門から入って桜並木のなだらかな坂道を歩くと左に大きな池、右側にちょっと他の大学とは雰囲気の違う三角屋根に特徴のある黒の縁取りの窓枠が目立つ建物が眼に入ってくる(写真)。この建物は、スワンゲストハウスと呼ばれている。1980年代初め頃、このアオカウテレ通り(Aokautere Drive)に、スワン家(Swann family)が建てた大邸宅だったそうだ。1988年に、どういういきさつか、日本の教育企業が買い取りこのスワンハウスを中心に大学キャンバスを開発していった。学生の約半分が日本人留学生で占めれれていて、桜フェスティバルは、キャンパスを一般に開放し日本の文化を伝えるのが一つの目的のようだ。

八分咲きの桜並木が鏡のように映る池の周りを散策しているうちに、昨日の雨で泥状の芝生に靴がめり込み泥だらけ。瀟洒なスワンハウスの前の広場で何やら人だかりがしているので覗いてみると、和太鼓のパフォーマンスが始まった。日本人の学生に数人他の国の学生も交えてのパフォーマンスは、華奢な女の子たちからは想像もできないほどパワフルだ。その後、ヨサコイダンス(よさこい節の踊り)も披露され、満場の喝采。

お腹がすいたので、フードコーナーのテントに行くと、国際色豊かな軽食を買うのにどこも行列でいっぱい。比較的空いていた日本食コーナーできゅうり、炒り卵、鶏ミンチの3食弁当(5ドル)とやらを買って食べた。お腹空いていたせいか?なかなかの美味だった。カルチャー教室では、茶道、書道、折り紙、ゲームコーナーなどがあり、中でも一番人気で行列ができていたのは、着物(浴衣)を着て写真を撮ってもらうコーナー。キャサリンとその友達は、長い間辛抱強く待って、日本のどこかのお城の写真を背景に、日傘をさした浴衣姿で写真を撮ってもらって大喜び。着物コーナーの宣伝に、Kiwi らしい男の子が、左前に浴衣を着て立っているのは、マ、ジョーダンか、ご愛嬌?でも、キャンパスを浴衣を着て歩いている女の子が多かったが、中に1人、浴衣を左前に着付けて得意そうに歩いている女の子を見たときには思わず、まじまじとそのかわいい顔を見入ってしまった。これはジョーダン??ではないらしい・・・「あなた、日本人?なら着物の着方ぐらいちゃんと学んでから着なさい」と、思わずオバタリアン根性で言いたくなったのをグッ~とガマン。・・・ここは、NZ、誰もそんなこと気にしない!気にしない!

以前、オークランドで、ただ外国語を学びにいく目的だけで語学学校に行く若者ばかり見てきたので、今日は桜祭りを見に行って(左前の浴衣は別にして)、IPC で、環境学や福祉学、ビジネスなどの学科を専門に勉強し大学の学位を取る日本の若者が多いのを目の当たりにして少し嬉しくなった。(*スライドショーも見てください)

2008年9月14日日曜日

My favorite 10

             (スーパーマーケットで silveside:1kg6.98ドル)

Silverside
シルバーサイドは、牛の臀部の堅い肉の部位のことで、NZやオーストラリアでは、塩漬け肉に使うことからコーンドビーフの代名詞になってしまったらしい。スーパーマーケットにいくとこの部位の牛肉の塊(生のまま)を塩漬けにしたものがパックされて売っている。この塊肉を、たっぷりのお湯で煮込んで塩分を抜き、スライスしてサンドイッチや、その他あれこれお料理に使う。1kg 7ドル位なので、この物価高の折に、とてもありがたいこと。

作り方は、そこそこの家庭で、色々ありのようだ。

A家のレシピ:
肉の塊が十分沈むくらいの鍋にお湯を沸かし、シルバーサイドを入れてしばらくボイルした後、お湯を捨て、塩分を除き、また水を入れ、適当な塩加減になり柔らかくなるまでコトコト煮る。後は、スライスして温野菜を添えて、マスタードなどをつけて食する。ご馳走になって、想像より悪くはなかったが、何度もボイルするからせっかくのビーフの旨みも流れてしまうのでは??というのが正直な感想。
B家のレシピ:
鍋に水とmolt vinegar(酢)を1対2, syrup(シロップ) あるいはhoney(蜂蜜)を適当に、 cloves(粒の丁子)も適当に入れ、好みで玉ねぎ(皮をむいて丸ごと)やニンジン(大きく切って)、セロリ、パセリの茎などの野菜を入れてボイルする。(分量は、肉の塊の大きさによるので、Kiwi 風?に何でも適当に)沸騰させないよう、コトコト煮ること1時間半から2時間。串を刺して、ス~と通るようになったらできあがり。これは、酢と蜂蜜の甘み、肉の塩味がバランス良く効いて、おいしい!イケマス!塩味が少し気になる向きには、水、酢、蜂蜜の分量を増やすことで、緩和できる。酢で煮ているので、冷蔵庫で長く保存できるようだ。

2008年9月7日日曜日

父の日

             オハキア空軍基地(Ohakea Air Force Base)
Kite Day(凧揚げデー)
NZでは、9月の第1日曜日が、父の日。ここPalmyでは、親子で凧揚げを楽しんでもらおうと父の日の一行事として、カイトデー(Kite Day:凧揚げデー)を開催する。会場のオハキア空軍基地(Ohakea Air Force Base)は、NZ最大の空軍基地。ここで、航空ショーも数年に一度開催される広大な基地だ。
今日は、好天だが、あまり風がないせいか、凧の揚がりが悪いようだ。昨年に比べて参加者も非常に少なく、凧もこれといって目立つものが無かった。3ドルの入場料を払って見に行ったけど少々がっかり。でも、創意工夫した凧を揚げて競うためではなく、父子あるいは親子のリクレーションだからそんなものでしょ、と一人納得。
ヨチヨチ歩きの子供たちが、お父さんと小さ凧を揚げて楽しんでいる様子はとてもほほえましい。でも、世話するお父さんも結構大変だ。これでは、父の日というより、子供の日?

2008年9月4日木曜日

NZ事情9 春の兆し

        (写真:ほぼ満開の plum treeにMonarch butterfly)
9月病

今年の冬は、例年にない寒さで、大雨、大雪、雹、竜巻に嵐、がNZ全土を席巻し、洪水、地すべり、積雪による道路閉鎖、等等、大きな被害をあちこちにもたらした。南島の羊たちも、深い雪の下に埋もれた草を食むことができず辛い思いをしただろう(*いえ、辛い思いをしたのは飼い主の方たち)
8月の終わりからやっと良いお天気が続くようになり、人間よりいち早く春を感じ取った植物や昆虫、小鳥たちが既に春の訪れを知らせてくれている。プラムの木は9月の声を聞くか聞かないうちに薄いピンク色(*よく見たらピンクではなく白色でした)の小さな花びらを次々と開いてほぼ満開となった。これも敏感に春を感じ取って孵化した*モナークバタフライ(monarch butterfly)が、蜜を求めて花から花へと忙しく飛び回りながら春の訪れを知らせてくれている。あちこちで、シャクナゲ(rhododendron)、椿(camellia)、マグノリア(magnolia)、が次々と花を咲かせ、寂しい冬枯れの立ち木の間で華を添える。よく見ると立ち枯れ(*ではなく、落葉樹ですね)の木々にも新しい芽が吹いている。長雨でたっぷりと水分を根っこに吸収したゴムの木(Gum tree:eucalyptus)の老木もこころなしか葉っぱの緑が少し色濃くなったように見える。

春はやっぱりいい。長い、暗い、寒い、冬の後、人の心も花や蝶のようにふわふわと、軽くなって、ワ~!春だ~!!と叫びながらお陽様の下に飛び出したくなる衝動に駆られるらしい。これを、5月病(spring fever)と呼ぶそうだ(落ち込む逆の現象もある)が、ここNZでは9月病?
(*モナークバタフライ:NZのあちこちでたくさん見られる外来種の蝶)

2008年8月31日日曜日

NZの隅々を旅するの記2-終章

      写真:飛行機から撮った南島の山並み(2007年撮影分 )
10月17日Dunedin~auckland
朝、シャトルバスを予約する代わりに、B&Bのご主人が、20ドルでDunedin空港まで送ってくれた。国内線は、プロペラ機なので低空飛行、お天気が良ければ空からの景色を楽しめる。国土の面積は日本の約71%で,人口は3%ほどという国だから空から見る景色、特に南島、は、山々、草原、ファームに羊や牛、川、海、所々に街や村村がある、といった感じで本当に農業国なんだなと改めて感じる(*北へ向かう時は、飛行機の席を左側に取ると、お天気が良ければ冠雪の美しい山脈を見ることができるし、右側だと海岸沿いの景色を楽しむことができます。往復するなら常に同じ側に座れば両方堪能できるので、席の予約の時いつも同じ側を指定するのも一案です。)

オークランドに戻って、出発時間までゆとりがあったので姉が口座開設したNZの銀行のカードと定期預金の証書を受け取るために市内に行った。NZの定期預金金利はとても高いので、人気だが、為替の変動を考えるとそんなにおいしいものではない。でも、姉達は、NZがすっかり気に入ってしまい、次回は北島を中心に回りたいと希望している。満期になった頃、飛行機代だけ払ってNZに来て、現地での費用に、預金を当てればよいと考えているようだ。半年定期で年利約7%(*当時、現在は8~9%)という高金利は、日本では考えられないと大喜び。円の交換率は、68円ほどだった。(*旅の記2-1で、76円と書きましたが、68円の間違いです。m(__)m*現在、80円ほどだから、かなり率の良い時に預金して4年間、複利計算で相当になっているはず?)

オークランドの飛行場で帰りのフライトを待つ間、思いがけず、マオリの人々の団体が見送りのためにハカ (Haka) をやっているところを見る事が出来た。ハカはオールブラックス (All Blacks) が試合の前にする儀式としても有名だが、旅行に出る人の安全を願ってすることも多いとか。カマッテ、カマッテ(I die, I dieと言う意味だとか)、というのが頑張って頑張って、と言っているようで大好きだ。私はもう少しNZに残りたかったので、帰りは姉たち二人で帰ってもらった。ふたりを空港まで送り届けたが、全く英語のできない二人だったので、無事日本に帰りついたという知らせを聞いた時は、ホッと胸を撫で下ろした。

今回の旅行、費用は一人当たり、お小遣いも含めて約25万円で済んだ。団体ツアーだと、10日以上の日程は、急に高くなり、30~40万円以上が相場なので、二人分の団体旅行費用で3人分の旅費とお小遣いまでまかなったことになる。結構贅沢もしたのに、安く済ませられた、と自己満足?それにしても、駆け足旅行では、NZのほんの、おさわり部分しか知ることができない。時間に追われず、心ゆくまで楽しめる身分になりたいもの。(*次回は北島の旅をご紹介したいと思います。)

2008年8月29日金曜日

NZの隅々を旅するの記2-9


10月16日 Teanau から Dunedin へ

翌朝8時頃、テアナウ (Teanau) から3時間 (290km) ほどコーチバス(Intercity)に乗りダニーデン (Dunedin)  へ。ダニーデンは、学生の街、また古いスコットランドの伝統息づく街だ。最後の地なので、B&B(Bed & Breakfast)に泊まるように企画した。ダニーデンには、古い由緒ある建物を利用した素晴らしいB&Bがたくさんある。B&Bは、部屋数は少ないが、たいていは家の持ち主である夫婦だけで経営していてアトホームな雰囲気がいい。50代と思しきこのB&B(Deacons Court:ディーコンズコート) のご主人は、とても気さくで話好きな方だった。さすが、大学の町、奥様は、昼間大学に通って勉強しているとかでお目にかかれなかったが、お花がいっぱいのお庭に、日当たりの良いサンルーム(conservatory)が、とても at home でくつろげた。古いヴィクトリア調の調度品やベッドの部屋で、すっかり中世の貴婦人、優雅な気分も味わえる。

午後から、近くの小さな観光案内所に飛び込み、乗り合いの小型観光バスを利用して市内を周遊した。世界一急な坂、植物園、オタゴ大学、レールウェイステーションなどの古い重厚な建物、などをざっと周って忙しく数時間の観光。その後、中心街でウィンドウショッピング。歩き疲れてオクタゴン広場のカフェに入る。地ビールのスペイツ(Speights) や、お料理を味わいながら通りの美しい建物や行き交う人々を、旅行最後の日を惜しみながら眺める。郊外に足を伸ばして、NZ唯一のお城、ラーナック城(Larnach Castle:1871年)や、オタゴ半島でアホウドリやペンギンなどの野生動物の世界、あるいは列車に乗って峡谷の旅、を楽しむ、などなど、楽しめるところはたくさんあるのに日程の都合で半日しか滞在できなかったのがとても残念だ。

2008年8月27日水曜日

NZの世界遺産

旅の記の補足
NZの世界遺産について調べてみました。
ユネスコ世界遺産のサイトで、NHK制作の「世界遺産」のビデオの一部(NZの亜南極諸島:Subantarctic Islands)を見ることができます。あるいは、U-TUBEでたくさんのNZ関連ビデオを見ることができます。

(*下記は
ヤフートラベルからのコピーです。茶色字は筆者補足)
テ・ワヒポウナム(Te Wahi Pounamu)
ニュージーランドの南西部にあるテ・ワヒポウナムは、マウント・クック (Mt. Cook) 、フィヨルドランド(Fiordland) 、マウント・アスパイアリング (アスパイアリング?Mt. Aspiring) 、ウエストランド (Westland) の4つの国立公園を擁する面積約28000平方kmの自然公園。テ・ワヒポウナムとは、「翡翠の土地」を表わす現地(マオリ)語。氷河活動で出来た切り立った山々、荒々しい海岸線、砂丘などが広がる。世界で最も多雨の地域で、圧倒的な雨量は、希少な冷温帯雨林を育む。植物は多様性に富み、動物もモア(19世紀に絶滅)、キウイ、イワトビペンギン、カオジロサギ、ニュージーランド・オットセイなど固有種が多い。マウント・クック国立公園は、ニュージーランド最高峰のクック山(3754m)を擁し、タスマン氷河をはじめとする多くの氷河を頂き、美しい山岳風景を作り出している。フィヨルドランド国立公園は、その名の通り、海岸線にはフィヨルドが続き、険しい山陵や氷河湖が多く見られる。代表的なミルフォード・サウンドは、空、海、陸からのアプローチが可能な屈指の景勝地。このエリアのミルフォード・トラックは、自然保護のため、1日の入山者数が制限されており、個人でも入山には予約が必要。マウント・アスパイアリング国立公園は、アスパイアリング山(3027m)を中心に、アスパイアリング連邦(連峰?)が続く国内有数の山岳景勝地。裾野にはブナの原生林や草原が広がる。ロブロイ氷河などハイカーたちの人気も高い。ウエストランド国立公園は、世界でも珍しい海抜標高の低い“双子の氷河”フランツ・ジョセフ氷河とフォックス氷河で知られる。氷河の流れも速く、1日で5~6m動くところもある。


トンガリロ国立公園(Tongariro National Park)
トンガリロ国立公園は、ニュージーランドの北島の中央部に広がる最高峰のルアペフ山(Mt. Ruapehu:2797m)をはじめナウルホエ山(Mt. Ngauruhoe:2291m)、トンガリロ山(Mt. Tongariro:1967m)の3活火山や死火山を含む広大な795平方kmの公園。この地域は、更新世の氷河、火山のマグマ活動による火口湖、火山列など形成過程にある地形とが併存し、また、広大な草原や広葉樹の森林には多様な植物、珍しい鳥類が生息し、地質学的にも生態学的にも関心がもたれている。雄大なルアペフ山は、近年にも大きな噴火を起こしている。ナウルホエ山は、富士山に似た陵線を持つ美しい山。トンガリロ山は、エメラルドに輝く火口湖が素晴らしい景観を作り出している。これらの山々を縦走するトラックは、「トンガリロ・クロッシング」の名で知られ、人気の高いコースである。また、この地は、9~10世紀にポリネシア系のマオリ族によって発見された。カヌーで南太平洋を渡った先住民族マオリ族は、宗教的にもこの高原一帯を聖地として崇め、また、伝統、言語、習慣などのマオリ文化を脈々と守り続けてきた。マオリ族の首長ツキノが中心となり、この地域の保護を求めたことがきっかけとなり、1894年にニュージーランド初の国立公園に指定された。自然と文化との結びつきを代表する複合遺産になった先駆的物件。

ニュージーランドの亜南極諸島 (Sub-Antarctic Islands)
ニュージーランドの亜南極諸島は、ニュージーランドの南東、南太平洋にあるスネアズ諸島 (The Snares) バウンティ諸島 (Bounty Islands)、アンティポデス諸島 (Antipodes island) 、オークランド諸島 (Auckland Islands) とキャンベル島 (Campbell Island) の5つの諸島からなる。ニュージーランド本島と南極との間にある亜南極諸島と海には、ペンギン、アホウドリ、みずなぎどり、海燕などの鳥類、鯨、イルカ、あざらしなどの哺乳動物、花の咲くハーブ草などこの地域特有の動植物が生息している。スネアズ島には600万羽の鳥が営巣する。南緯40度のこのあたりは「ほえる40度」と呼ばれ、南極からの寒流、太平洋からの暖流のぶつかりあう所。度々暴風雨に見舞われる厳しい自然環境だが、豊富なえさもあり、生態系を維持してきた。手付かずの自然を保護するために訪問者の数を制限しているため、限られたツアーでしか行くことができない。

2008年8月25日月曜日

NZの隅々を旅するの記2-8

         (マナポウリからダウトフルサウンド:行程地図)
10月15日 フィヨルドランド国立公園 Doubtful Sound(ダウトフルサウンド)
朝8時半頃、予約していたダウトフルサウンドツアーのためにマナポウリ湖の船着場行きバスに乗る。予約していたランチを3人分もらって、マナポウリ(Manapouri)湖から乗船し、ウェストアーム(West Arm)で降りてバスに乗り換え、ウィルモット峠(Wilmot Pass)を越えてダウトフルサウンドの入り江 ディープコーブ(Deep Cove)に行き、そこから船でダウトフルサウンドの入り江を3時間のクルーズ。帰りに水力発電所見学をして全行程8時間程かかる。
1年を通して降雨量の多いこの地域独特の原生林(rainforest:多雨林)。その間を縫うようにバスはウィルモット峠目指して走る。途中写真休憩で止まったところは、モスガーデン(Moss Gardens)。原生雨林にそそり立つ岩肌に、黄色、緑、赤紫などの濃淡が美しい滑らかなビロードのような色とりどりの苔(苔の絨毯:moss carpetという説明がまさにぴったり)が密生し、露に濡れて虹のよう。その周りをファーンや樹木のしっとりとした緑が豊かに繁り、辺り中から、マイナスイオンが体中に入り込んでくるような気がしてすごく気持ちがいい。思わず深呼吸。

ウィルモット峠でまた写真休憩。展望台から見下ろす深いダウトフルサウンドの入り江は絶景。雲が低く垂れ込んだ山間の隙間を縫うように蛇行し、深い紺碧の水が神秘的なほどに美しい。”Sound of Silence(静寂の入り江(音))” の別名があるのもうなずける。ディープコーブで船に乗り、入り江を外洋の近くまで(約40km)クルージングを楽しむ。ランチボックスを船内で開けて食べた。でかいハンバーガーや果物や、何やらたくさん入っている。我々小食組には、2個で十分だった。
NZのフィヨルドランド国立公園で、2番目に規模が大きく、最も深い(水深421m)入り江を、真っ白な波しぶきを船尾に吐き出しながら船は進む。周りの山々に低く立ち込めた雨雲や霧(mist)や、細い滝の流れが、この(エンジンの音さえなければもっと)凛として静寂な入り江をより神秘的な雰囲気にしている。船長の解説がスピーカーから流れてくるが、エンジンの音で(?言い訳( ̄ω ̄;)エートォ..?.)解ったり、解らなかったり?でこのツアーガイド、あまり役立たず?岩場にオットセイ(NZ fur seals)が群れをなしてのんびりと寝そべっているところでしばらく船を止めた後、船はまたディープコープに向かい、およそ3時間のクルージングを終え下船。
帰りに寄った、水力発電の国ならではのウェストアームにある地下発電所見学も興味深い。発電所は狭いトンネルの中を2キロ程走った行き止まりにある。その狭い突き当りでバスの運転手さん(女性だった)が、用心深くバックしながらUターンを試み見事にバスの向きを変えることに成功したとき、固唾を呑んでその様子を見守っていた乗客全員が、ホ~というため息と共に一斉に賞賛の拍手を贈った。
ダウトフルサウンド(*Doubtful Soundの写真がたくさんあるサイトです)は、団体旅行ではまず企画されないので、個人で行くなら是非足を伸ばしたい場所のひとつだ。ミルフォードサウンド(*Milford Soundの10倍の規模で入り江の長さは3倍)よりもっと深く静謐で神秘的で、まだ訪れる人もミルフォードほど多くはないのでそれほど俗化していないようだ。
(*Doubtful Sound:疑わしい入り江:1770年にキャプテンクックがこの入り江に帆船で入った時、あまりにも深い入り江に外海に出るだけの風があるかどうか疑わしいので戻れないことを怖れて引き返した、という謂れからこの名前が付いたそうです。)

2008年8月22日金曜日

NZの隅々を旅するの記2-7

                (Stirling Falls のしぶき)
10月14日 *フィヨルドランド国立公園 Milford Sound(ミルフォードサウンド)
1997年12月に私が一人旅で利用したなつかしいBBQバスをまた予約し、ミルフォードサウンドツアーをすることにした。バスのドライバーが、おじさんだったのが若い男性になり6年前とは変わっていたが、後は、全く同じだった。クイーンズタウンを出てテアナウ湖で休憩、ここを基点にミルフォードロードのあちこちにある見所に寄りながら、ミルフォードサウンドまでツアーをすることになる。カスケードクリーク(Cascade Creek)の清流のそばでBBQの準備が整う間、乗客はウォーキングコースを散歩する。10人ほどの乗客は色んな国から来ているみたいで、国際交流しながらNZ風BBQ(*ソーセージを焼いて食パンにのせトマトソース(ケチャップのこと)をかけて包み込んで食べる。他にサラダやジュースなど準備してくれていた)を楽しめる。昼食後は、また小さなバスに乗り、お決まりの写真休憩(湖面に景色が逆さまに映る鏡のような湖、ミラー湖(*Mirror Lakes:とても小さい湖と言うより池?)など)を取りながら目的地へ。やがて東と西に分ける山脈に掘られたホーマートンネル(Homer Tunnel:全長1270m)に入る。中は真っ暗で、車のライトは点いているものの周りは何も見えないので緊張してしまう。やがて明るい出口が見えてきた時は思わず体の力が抜ける。あちこちからホ~というため息が聞こえる。トンネルの外に出ると、切り立った山々の斜面に滝が氷の筋になっているのが目に付く。

世界遺産のミルフォードサウンドは、幸い良いお天気に恵まれ、空の青、海の藍が深く澄み渡り静謐だ。湾を囲む山々から大小の滝が流れ落ちている。船の進行方向にそそり立つ マイタピーク(*Mitre Peak:海面からそそり立っている山としては世界一高い1692m、その形がキリスト教の司祭の帽子(mitre)に似ているところから付いた名前)がことに印象的だ。船の周りには小さなイルカたちが、スクリューに巻き込まれないかしら、と心配になるくらい近くをまるで戯れるように飛び跳ねながら付いてくる。復路で、船はスターリング フォールズ(滝:Stirling Falls :155m)にしぶきがかかるくらい近づきしばらく止る。しぶきがかかるのを気にせず船室の外に出て写真を撮る。近くの岩場にオットセイ(seals)がのんびり平和に白昼夢をむさぼっているのを眼前に見ながら、太古の昔から手付かずの大自然がまだここには残っているのだと実感する。

ミルフォードサウンドの帰り、私たち3人だけはそのまま、次の日、テアナウからマナポウリに向かうので、テアナウのホテルに泊まるようにしていたが、若いBBQバスのドライバーは、私たちをテアナウで降ろすのを忘れて、そのままクイーンズタウンへ戻ろうとしていた。途中で気付いた私は、あせって立ち上がり、大きな声で、”Stop the bus , driver!!!” と叫んだので、彼はびっくりして急停車した。彼は平謝りで、私たちの予約していたホテルまで戻ってくれた。道が違うということに早く気付いたからよかったものの、もう夕方だったので、へたすれば、テアナウ泊まりも、ダウトフルサウンド行きもキャンセルになるところだった。その夜は、テアナウのレストランでvenison(鹿肉)の料理を注文して食べてみた。癖のないあっさりした味で美味しかった。
*参考:fiord (ノルウェー語:内陸部へ深く入り込んだ湾の意):氷河によって形成されたU字谷に海水が浸水してできた入り込んだ湾

2008年8月21日木曜日

オリンピック

NZの銀メダリスト
4000メートル男子サイクリング個人競技で銀メダルをNZにもたらした、 ヘイデン・ラウルストン(Hayden Roulston) 選手は、メダルを獲得した他の選手たちが雄たけびをあげたり、地面に伏したりして喜びを体いっぱいで表現する中で、ひとり、穏やかな満ち足りた表情でいたのが印象的だった。メディアのインタビューで、静かに淡々と彼の経験を語る姿に心打たれるものがあった。

ラウルストンは、2006年に、クライストチャーチ病院の心臓外科医から、運動を続けると命に関わるから止めるようにとの忠告を受けた。右心室形成不全症により呼吸数が少なく不整脈があるということだった。レースをする中、彼は実際呼吸などに問題があることを感じ自転車レースから引退することを宣言した。その後、とあるカフェで出遭った女性によって、日本のreiki healing(霊気療法)を受けるに至った。そして、2年後の北京オリンピックで、彼はみごとに返り咲いた。彼は、霊気で救われたと思っていて、今では、レイキヒーリングの敬虔な信奉者だ。(ニュースから抜粋)

日本発祥の霊気療法は、19世紀に開発されて以来、本国よりむしろ海外でポピュラーになったという。霊気という言葉は以前から聞き知ってはいたが、こうした実際の例を知ると、霊的な面が肉体に及ぼす力には計り知れないものがある、ということを改めて考えさせられた。

2008年8月18日月曜日

徒然なる想い

旅から離れて、ちょっと一息
日本から離れていると、日本のことがすごく見えてくるときがある。戦争で痛い目にあった日本は、終戦後、必死に国家の建て直しに邁進し世界の経済大国に名実共にのしあ がった。だが、同時に、敗戦以来米国に追随する姿勢は未だに変わっていない。世界は 大きく変わりつつあるのに、日本は未だに米国に頭が上がらない。

戦後の経済的発展によって、世界に誇る、すばらしい製品を生み出してきた日本。かつ て、安かろう悪かろうで悪名高い製品を世界に発し、ひんしゅくを買った日本。いま、中国が安かろう悪かろう製品を世界にばらまいて日本がたどった道を踏襲しようとしているかに見える。だが、器用な彼らも、すぐにそれに気付き品質の良いものを生産するようになるだろう。コピー技術に秀でた中国がやがて独自の高性能製品を生み出すようになり、名実共に世界の経済大国になるのにそう時間はかからないに違いない。

戦争放棄し、米国の傘のおかげで経済発展を成し得た日本に翳りが見えてきていると感じるのは私だけではないだろう。日本は、あれだけ世界に平和貢献しているにもかかわらず、ほとんど世界から認められることなく、未だにアジア諸国から戦争責任を責められ問われている。これに対して、全くなす術を持たない政治家に、辛抱強い国民もいい加減我慢の限界に来ている。

NZは、人口400万人の小さな国だ。だが、その姿勢は、大国におもねることもなく、独自の国策を推し進めてきた。確かに、生活するうえで不便な点が多く、経済的に決して豊かな国ではない。だが、国民はあれこれ流行に左右されることなく、大自然の中で悠然と生活しているように見える。日本人に比べて、精神的に彼らはずっと成熟しているような気がする。

日本がこれからとるべき道は、国家と国民が真の意味で精神的に自立した大人になり、他国にいいように操られることなく、真の自立した平和国家として世界にその存在を認められるようになることではないだろうか。

(*下記は、いくつか面白いと思った記事を拾っています。暇な折に、読んでみてください。)
月刊チャージャー8月号
覇権の起源 2008年8月14日   田中 宇
エネルギー覇権を広げるロシア 2008年8月5日   田中 宇
日米安保から北東アジア安保へ 2008年6月24日 田中 宇
石油高騰の謎 2008年5月14日   田中 宇
地球温暖化問題の裏側 2008年4月22日   田中 宇

2008年8月14日木曜日

NZの隅々を旅するの記2-6

              ( 雲に隠れたMt. Cook の頂上 )
10月13日 CHC~Queenstown
次の朝早く(7:15am)、予約していた大型バス(Newmans Coach)で、典型的観光コース、マウント・クック(Mt. Cook:NZの最高峰:3,754m)経由でクイーンズタウン行き。長いバスの旅(全行程7~8時間位)だが、途中トイレットタイムで寄る小さな田舎町メスベン(Methven)の目抜き通りをササっと見て歩くのは楽しい。紺碧の美しい湖テカポ(Lake Tekapo)の前でバスを降り、テカポ湖と善き羊飼いの教会(Church of the Good Shepherd )を背景に写真を撮って、お決まりの休憩タイム。マウントクックへは、善き羊飼いの教会の先の分岐点から北の方へ入り込んで行くので、クイーンズタウンを目指すにはまた同じ道を引き返すことになるのだが、途中で、眼の覚めるようなエメラルド色(ミルキーグリーン)の水を湛える美しいプカキ湖(Lake Pukaki)を二度見ることができるので少しも退屈しない。マウントクック村にあるハーミテージホテル(Hermitage Hotel)で昼食休憩の後、またバスでクイーンズタウンを目指す。

クイーンズタウンまでは3~4時間ほど。ワカティプ湖(Lake Wakatipu)や街を見下ろす通りで、中心から少し外れたホテル(Kingsgate Hotel Terraces Queenstown :キングスゲート ホテル テラス クイーンズタウン)に予約(街の中心まで徒歩5分とのふれ込みだが、坂道で往きは良い良い帰りは?)。お部屋は、メゾネットタイプ?というのか1階(ツインベッド)と2階(キングサイズベッド)に部屋が別れているタイプを予約。夕方5時頃着き、チェックイン後タクシーを使って街まで降り、中心街を歩いてしばしウィンドーショッピング。夕食は、久しぶりに和食を、と言う希望で、クイーンズタウンで一番?の和食レストラン「南十字星」に。 (*味は、”ここではこんなものでしょう”と言う程度。和食は、日本で美味しいものがいくらでも食べられるのだから、やはり、旅先でしか食べられないものを食べたい。)Queenstown、美しい湖に映る雪をかぶった山々、ほとんど寝るだけの1泊しかできないのがとても残念。

2008年8月13日水曜日

NZの隅々を旅するの記2-5

                春(10月)満開のCHC植物園
CHCの2日目はあいにくの雨模様で、急遽、個人営業の観光ガイド車を予約して観光案内をしてもらうことにし た。旅行前にインターネットで調べてメモしておいた電話番号に電話をかけたら都合よく空いていたらしく、午後1:00 の予約でホテルまで迎えに来てくれることになった。個人営業のJack Tregar さんは、かなり、年配(70代?でも多分60代)の穏やかな、感じの良い人だった。Jack さんと話し合って、昨日行った所以外で、半日で行けそうな所を選んで行ってもらうことにした。彼は、歴史に詳しく、解説(英語)付きのドライブで、希望なら日本語に訳されたコピーも用意してくれるという。(*バスツアーと違って、興味ある、あるいは行きたい場所に自由に連れて行ってくれるから個人営業の車をチャーターするのもお薦めです。)

まずは、昨日ざっと見ただけの植物園へ行き、かなり奥の方まで歩いたが、それでも全部歩くには広すぎる。雨の中で、鮮やかな緑の芝生や樹木が銀色のしずくで光って一段と美しい。その後、エイボン川沿いに建つモナ・べール邸(Mona Vale)、広大なブッシュのある歴史的建物リカートン・ハウス(Riccarton House and Bush )、今回泊まりたかったが満室で予約できなかった素敵なB&B(The Weston House)なども含め、車で通り抜け、あるいは外から眺めるるだけで、彼の説明を聞きながら街をドライブして抜ける。クライストチャーチも、せめて1週間くらいゆっくり滞在して庭園、歴史的建物、カンタベリー地方のワインや食事、自然を楽しみたいものだ。Jack さんの薦めで、空港近くの国際南極センター(International Antarctic Centre)に寄り、しばし氷点下の南極体験をした後郊外へ。
道中、19世紀のイギリス人入植者の話、植物にちなんだ話など、興味深い話を聞きながらカシミア丘陵地帯(Cashmere Hills )を上りつめ、重厚なゴシック建築の サイン オブ タカヘ(Sing of the Takahe)へ。ここから、クライストチャーチをパノラマで見渡すことができる。しばし休憩しようとカフェに行ったが3時過ぎていたので閉店(2:30pmまでらしい)。残念だったが、写真だけ撮って丘を降りたところにあったカフェで休憩し、しばしおしゃべり。ホテルまで送ってくれた時は、もう6時過ぎていた。料金を訊ねたところ、40ドルだ、と言うので、私は、こんなに長い間案内してもらって一人40ドならとても良心的な値段だ、と思いながら120ドル払おうとしたら、ジャックさんは全部で40ドルだと言う。つまり、1人でも、4人でも、同じということらしい。それでは、あまりに気の毒なので私は70ドル受け取ってもらい、再会を約束して別れた。

Jack さんとはすっかりお友達になって意気投合、メールアドレスを交換し、以後、日本に帰ってからもメールで近況報告し合いお付き合いが続いた。彼は、観光ビジネスに加えてウェディングサービス(結婚式からハネムーンまでアレンジサービス)も始めたいというので、お互い協力してビジネスをしようという話にまで発展した (*3年後談:2007年の旅行で、またJackさんに案内を頼もうと連絡をしたら、Jackさんから、皮膚癌で療養中、とのメールをもらいその後1~2回メール交換したのを最後に、ぷっつりと連絡が途絶えてしまった。彼のメールアドレスも、ウェブサイトも削除され、電話も繋がらず、消息不明・・・亡くなったのだろうか・・・と悪い予感・・・彼には、ずっと観光ガイドとして活躍してもらいたかったのに、すごく残念でたまらない・・・)

2008年8月12日火曜日

NZの隅々を旅するの記2-4

               クライストチャーチに秋葉原?
10月11日(土曜日) CHC市内観光とトラムレストラン
CHC(クライストチャーチ)には、朝一番の飛行機で9時頃には着いたので丸1日十分動く時間がある。でも、ホテルは、チェックインタイムには早すぎ、フロントに荷物を預けて市内観光することにした。あいにく小雨がぱらつく日だったが、NZの雨は、たいていシャワーですぐ上がるので歩ける範囲をゆっくり観光。ホテルから大聖堂広場までは徒歩5分位。そこから、トラムカーの路線に沿って歩いてアートセンター(The Arts Centre)、美術館(Art Gallery)、植物園(Botanic Gardens)、カンタベリー博物館(Canterbury Museum)などに行ける。
かつてカンタベリー大学として使われていた古いゴシック建築の歴史的建物を利用したアートセンターは、一見の価値があるところ。広大な建物の中にはあちこちに色んな工房があり、ウール製品、手染め手編みのニットウェア、革製品、NZ原木あるいは、パウア貝、グリーンスト-ンを使った様々な工芸品、陶器、食品、出版本など、NZの作家による作品をショッピングできるので、品質の良いお土産を買いたい人にはお薦めのところだ。週末で、マーケットが開催されていてとてもにぎやかだ。あちこち、見て周り、レストランバー(Dux de Lux Restaurant, Bar & Brewery)で休憩。そこで食べたポテトチップス(wedges:皮付きのままくし型に切って揚げたもの)を、姉はことの他気に入り、それ以来、どこに行っても、「チップス、チップス!」と注文する。アートセンターを後にして、さらに歩くと突き当たりに植物園。庭園内を散策するが、全箇所歩いて廻るには広すぎ、表の方だけ歩いて、隣のカンタベリー博物館へ。ここもざっと廻り、歩き疲れてホテルへ
戻りチェックイン。宿泊は、ホテル・グランド・チャンセラー・クライストチャー(Hotel Grand Chancellor Christchurch)。人数を2人で予約していたので、何か言われるかと思ったが、何も言わずすぐ部屋に案内してくれた。タオル類が二人分しかないので、ちょうど部屋の前を通っていたメードさんに余分のタオルやシャンプーをもらって来る。シャワーを浴びてディナーにお出かけのため少しドレスアップ。
クライストチャーチ1日目のハイライトは、トラムウェイレストラン(Tramway Restaurant)でのディナー。プランの段階で、E-メールで「私達は小食ですので、アラカルトで頼めますか?との質問に、親切丁寧に「もちろん、自由に選べます」との返事をもらい、予約を入れていた。あいにくの小雨だったが、大聖堂前広場(Cathedral Square)のトラムストップからレストランカーに乗り込んだ。1両編成の中は、進行方向に向かって右側に4人がけテーブルが4席。左側には二人がけのテーブル4席(だったと思う?)。最初かなり空いていたが、1周する間あちこちで遅れて乗り込んできた人たちがいて、席はどうやら満席になった。我々以外は、全部白人で、カップルや友人グループと思われる人たちが、正装して、あるいは、カジュアルな格好で席についていた。オーダーはフルコースでもアラカルト(a la carte menu)でも自由に選べたので、3人あれこれ違う種類のメイン、サラダ、オードブルを頼みシェアして食べた。NZ産の美味しいワインはもちろん不可欠。ゆったり食事を楽しむ間、トラムカーは市内を10周遊?くらいしたようだ*動くレストランは、団体旅行ではまず行かないところのひとつなので選んだのですが、3年後(2007年10月)に予約した時は、アラカルトは、もう取りやめになっていて、コース料理を1人1コース必ず選ぶようにと言われました。日本人観光客に大人気になってしまったらしく、ウェブサイトも日本語でも検索できるようになっていて、20人以上で予約すれば、朝食もランチも承りますとのこと・・・儲け主義になった?)

2008年8月8日金曜日

NZの隅々を旅するの記2-3


(左写真:スカイタワー)
10月10日後半
Auckland harbour に帰り、歩いて Victoria Park Marketへ。しばし、ウィンドーショッピングした後、Sky Tower へ。賭けはせず、ただカジノの中を見学。疲れたので早めに次のホテルに行こうということになった。明朝一番の飛行機でクライストチャーチに飛ぶことになっているので、この日のホテルは空港の近くのモテル。不便なところなのでQueen Street で夕食用にtake away (持ち帰り)の日本食お弁当屋さんでお弁当を買ってタクシーを拾い、ホテルに戻った。そのままタクシーに待ってもらって預けていた荷物を受け取り、この日泊まる予定の空港の近くのモテル(moter hotel)まで送ってもらうことにした。

インド人のタクシー運転手は、インド訛りの強い英語でよくしゃべる。そのおしゃべりで、注意散漫になったのか、途中のT字路で、右から直進してきた車に気付かず右折しようとして危うく衝突しそうになった。相手の車の白人女性は、車から血相変えて飛び出してきて、ものすごい剣幕で彼に向かって怒鳴ること!怒鳴ること!!!私たちは、あまりの、彼女の気迫に、ただ唖然として見守るばかり。彼は、ひたすら sorry、sorry を連発し平謝りであった。会社に訴えられたら、仕事もおぼつかなくなる可能性があるからだろう。・・・こういう場合は、あのくらいの気迫で怒鳴らなければ負けるんだ・・・すぐ謝ってしまう我々日本人の良い教訓?彼は、この事件で頭がどこかにブッ飛んだのか、お釣りをタクシー料金よりたくさんくれていた。後で、気付いたが、あいにくタクシーの名前もナンバーも覚えていないので連絡することもできず、気の毒なことをしたと思う(内心、喜んで?!)。

この日の motel は、サイトで見た写真とは大違いでお世辞にもきれいとは言えなかったが、寝るだけで、朝早く出発だし、翌日は、指定した時間にオーナーが空港まで送ってくれたので文句は言いますまい・・・

2008年8月7日木曜日

NZの隅々を旅するの記2-2

               (ワイヘキ島:Waiheke Island)

10月10日前半
朝、ケリー・タールトン水族館(Kelly Tarlton's Antarctic Encounter and Underwater World )でペンギンや海洋生物の世界を楽しむ。その後、タクシーでフェリー発着所のある港( Auckland Harbour)に行き、観光スポットのひとつである Waiheke Island (ワイヘキ島)という小さな島と Devonport (デボンポート)へフェリー(約40分)で向かう。

ワイヘキ島は、Winery (ワイナリー) がたくさんあり、また、著名なアーティストたちが好んでここに住み、あるいは、studio(スタジオ)を持って作品を生み出し展示している島で、アートに興味ある人は、是非ゆっくり訪れたいところ。素敵なホテルやロッジもたくさんあるので1日いてすぐ帰るのは本当にもったいない所だ。せめて、3泊位して、ビーチライフを楽しみ、芸術に触れ、美味しいワインやシーフードを味わい、ゆったりのんびりしたいところの一つだが時間がない。今回ワイナリー見学はやめて、Oneroa Village(オネロア村:メインストリート)で、アート、クラフトなどのお店をしばしウィンドーショッピング。カフェで、のどをいやし再び船へ。

帰りに途中下船して寄った Devonport は、古いたたずまいを残す素敵な街、思い出の街。かつて、私がアルバイトで店員をしたお店があるVictoria Road (ヴィクトリア通り) を歩きながらそのお店を探したが、オーナーはもちろんのこと、名前も店の雰囲気も内容も全てが変わってしまっていて、見落として通り過ぎてしまうくらいだった。この通りはウィンドーショッピングをするには楽しい通りだ。時間があれば、ヴィクトリア通りの行き止まりにあるMt. Victoria (ヴィクトリア山) に登って展望台から360度景色をながめ、山の反対側にある1866年に建ったという古いMasonic Tavern(マソニック酒場)に行きたかったが、時間がないのであきらめ、通りの真ん中当たりにあるカフェで昼食をとり船でシティへ戻る。(続く)

2008年8月5日火曜日

NZの隅々を旅するの記2-1

10月8日~9日 福岡~Auckland 
10月8日 福岡出発
KE 784  14:00 福岡発 14:50 Busan (プサン)着
KE 805  16:50 Busan 発 17:50 Incheon(インチョン)着
KE 823  21:50 Incheon 発
10月9日 12:30 Auckland (オークランド空港)着


福岡発の韓国航空を選んだら、結局上記のように面倒な乗り換え乗り換え。関空か成田発のNZ Air だと直行でNZまで行けるが、結局福岡から関空、あるいは成田まで乗換えや待ち時間があるので、福岡を出発してNZに着くまでの時間的な差はほとんどない。福岡からソウル 直行だと朝便で結局Incheon 空港で7時間ほど待ち時間があり、今回は待ち時間の少ないプサン経由を選んだのだが・・・乗り継ぎが面倒!!(*航空券を少しでも安く、と言う向きには韓国航空を。乗り継ぎや待ち時間が少しでも少ない方が良いという向きには、NZ航空をお薦めします。)
Auckland 滞在を2日取ったので、1日目は市内の目抜き通りに近いダクストンホテル(Duxton Hotel)を予約、2日目は早朝便で Christchurch に出発するので空港近くの motel を予約。

Auckland 空港からシャトルバスでホテルへ(*シャトルバスは、1人10ドル~くらいが相場だが、ある程度人数が集まるまで待たされ、それぞれのホテルまで送り届けるので時間がかかります。3人から4人での旅行にはタクシーを利用しても料金は大して変わらないかも?乗る前にシャトルバスとタクシーと両方交渉することをお薦めします。)

ホテルに荷物を置いて、クイーンストリートに行く(*ダクストンホテルは、ダウンタウンに近いホテル、と思って予約したけど、メインストリートまでかなり歩かなければならないので、健脚の持ち主にしかお薦めできません。)

まず、Queen Street にある日本人留学生や旅行者向けのコンサルタント会社に寄り、姉の銀行口座を開く手続きをしてもらった。NZの銀行の定期預金利息が高いので、2000年に、NZドルが40円台まで下がったとき、家族に外貨預金を薦めたが誰も関心を示さなかった。今回、NZドルは76(は間違いで*
68)円(交換手数料ともで)くらいだったが、1年の定期利息は、7%くらいなので長期的に見れば決して損はないと思う(*2008年現在、1ドル80円以上で推移。8.5%まで金利が上昇しており、5年間の複利計算をすればこの時の定期は結構な額になっているはずです。姉は、ホクホク!?)

銀行口座開設手続きを済ませ、クイーンストリートをブラブラウィンドーショッピングしながら、港の方へ降りて行った。第1日目の夕食は、NZらしい食事を、という希望で、フェリー発着所のある、Ferry Building (フェリービルディング) にある観光客に人気の seafood restaurant で、NZ特産のcrayfish(クレイフィッシュ:伊勢えびの一種) や green mussles (グリーンマッスル:ムール貝の一種)を食べNZワインを堪能した。(続く)



2008年8月4日月曜日

NZの隅々を旅するの記2-序章


北から南へ(2003年10月8日~17日)旅行プラン
2003年の10月、姉とそのお友達に頼まれ NZ 旅行の企画からツアーガイドまで引き受けた。8月くらいから、計画を練り始めたが、想像以上に骨が折れる仕事だ。航空券の手配から始まってホテルの手配、交通手段、レストラン、観光スポットと、大変だ。それでも、今はインターネットを上手に検索すれば、あらゆる情報を得ることができるからほんとに便利になったものだ。個人旅行だから、団体パック旅行ではできないユニークな旅にしなければ意味がないし、コストもできるだけ抑えて、でもケチケチ旅行にならないよう、時に、少し贅沢なホテルやB&B、あるいはレストランでの食事も散りばめて・・・とあれこれ考えるが、旅行休暇は11日間しか取れないと言う。11日間といっても、機内泊を2日取るので実質9日間しかない。二人には、これを機会に今後何度もNZを訪れてもらうことにして、とりあえず初回は、ポピュラーな観光コースをメインにたどることにした。

10月 8日 福岡空港出発:機内泊
10月 9日 オークランド空港着:2泊
10月10日 オークランド観光
10月11日 朝クライストチャーチへ:2泊
10月12日 市内観光
10月13日 クック山経由でクイーンズタウンへ:1泊
10月14日 ミルフォードサウンドへ:テアナウ2泊
10月15日 ダウトフルサウンドへ
10月16日 ダニーデンへ:1泊
10月17日 オークランド空港出発:機内泊
10月18日 福岡空港着

NZへの往復航空券は、10月で少し高くて8万7千円(KOREAN AIR)。私自身はいつも、Fukuoka~Auckland を、インターネットで格安航空券の中でも最安値のものを探し出して利用する。これまでで、最安値はアジアナ航空と韓国航空乗り継ぎの往復5万2千円。しかし、韓国航空はソウルのインチョン空港でAuckland 行きの乗り継ぎまでに6時間ほど待たされたり、帰りはソウルに1泊しなければ日本までの便がないということが時に起こる(日程によって違うらしい)・・・不便さがあるので、時間にゆとりはあるがお金にゆとりはないという人意外にはあまりお薦めできない。

ホテル代は、日本と違って1部屋単位。3人でtwin room 一部屋を予約したので、格安で済んだ。ツインと言ってもたいていキングとダブルサイズベッドのツインなので、悠々と(姉と私がking size で一緒に)寝ることが出来る(小柄な人なら4人でも大丈夫に違いない)。インターネットだからできる直前予約のディスカウントを利用し、そこそこ満足できるホテルだったが、off season (シーズンオフ)で、平均1泊一部屋100ドル(当時交換レート1NZ約$70円)くらいだったので、一人当たり3千円足らずで済んだ。バックパッカー用ホテルでもシングルだと30ドルくらいするので、2~4人はとても経済的な人数だ。それに、たいてい、一日中観光して帰って寝るだけだから、そんな高級ホテルである必要はない。アクセスの良い、清潔なホテルを選ぶことにしている。幸い、今回はどこのホテルも追加料金を取らなかったが、普通、ツインルームに3人泊まると、タオルやシャンプーなどの備品代だろうが、20ドル前後の追加料金を取るところがある。

オークランドからクライストチャーチ、ダニーデンからオークランドの飛行機は、NZ AIRの特別割引が予約できたので半額以下の値段だった。(*これは、インターネットで早めに予約すれば通常の半額以下で席が確保できるので、予定が早くに決まっていればお薦めです。ただし、キャンセルした場合料金は戻ってきませんのでご注意を。)今回旅行のハイライトは、Doubtful Sound(ダウトフルサウンド)からDanedin(ダニーデン)まで足を伸ばしたことだ。
(*今回、旅行写真(CDもプリントしたものも)どこぞへ?かき消え、どこを探しても見つからないので、2007年の同時期同場所の旅行写真を使うことにしますので悪しからず。関連ウェブサイトも参考にご想像ください。)
(続く)

2008年8月3日日曜日

ベテラン卓球大会


Veterans 9th Graded Open Doubles Tournament 
2 August '08
昨日、土曜日、地域の40歳以上の卓球愛好者のための卓球大会がArena 5のジムで開催された。Arena は、Palmy にある大規模イベント会場で、先週のホームショーもArena 2、3、を使って催された。
かなりベテランのプレーヤーからビギナーまで、足の悪い人から太って動きもままならない人まで、様々な(100人ほどの)老若男女が参加しての和気藹々とした友好試合だ。今回はダブルスのみで参加費15ドル。6ペアで1チーム(上級者からビギナーまでクラス別)で、各チームの優勝者には豪華な?賞品が授与される。
昨年の第8回トーナメントには、私も誘われて参加したが、それ以来全く卓球をする機会がなく今年は見るだけにした。70歳以上(?でも、多分60代)と思われる年配の方が多かった。健康のためにしているのだろう、異様に太った男性と女性。玉を拾いに行くのも拾い上げるのも速く動けず大変そうだ。関節炎か何か患っているのだろう、足を引きずって歩いている人たちも多い。でも一向にわびれる風もなく、勝ち負けにこだわらず参加して楽しんでいる。
NZには、リタイアしても家にこもりがちにならず、こういった適当な運動と社交を兼ねた運動クラブに参加する人たちがとても多い。日本だと、家族の繋がりが深いので歳を取っても、孫の世話や家族の世話で忙しく明け暮れて一人暮らしの寂しさを味わうこともあまりないだろう。だから外とのかかわりを持たないお年寄りが多いのではないだろうか。老人会に参加しても、することと言えば、囲碁やおしゃべりや食べることくらいだろう。足を引きずりながらでも、卓球を楽しむこちらの国のお年寄りとずいぶん違うような気がする。核家族が徹底している国ならではだろうと、妙に感心してしまった。
14の卓球台を使って、ベテランたちが、試合を楽しんでいるのを見るうちに、参加しなかった自分が悔やまれた。卓球は、世界的強豪選手たちのように曲芸的早業で打ち返す必要もないし、自分の調子に応じてゆっくり球を打って返すだけでも反射神経や集中力を養い、ボケ防止にも良いに違いない。このジムで火曜日と金曜日、朝9時から卓球クラブの日だと言うので来週から参加することにした。1回行くたびに3ドル(約250円)払えばいいということだ。月額決まって払うとなると躊躇するが、これだと「行ける日に行きたい」くらいの気持ちで真剣さのない?無精者(?ではなく多忙でいけないこともあるのです:いいわけ)の私には持ってこいのクラブだ。私も、歳をとっても(既に歳?!)適当な運動を続けていたいものだ。

2008年7月29日火曜日

Ideal Home Show '08


お尻革命?
先週、水曜日の新聞に、Ideal Home Show '08(理想の家フェア)の宣伝広告が別紙で付いてきた。何気なくページをめくって、最初に目に飛び込んだのが、Cleanlet - the modern bidet (クリーンレットーモダンビデ)というタイトルと写真(上)。日本人と思われるYoshiko Wintleさんが紹介する、シャワー付きトイレについての記事だった。

Yoshikoさんは、1998年、この ”進歩的ビデ”をNZに輸入し、販売し始めた。しかし、NZ人の99.99%が、このアイディアを、「ボタンを押してお尻を洗うんだって!?ばかばかしい!!・・・・」と、笑って相手にしなかったと言う。「日本では、30年の歴史があり、毎年、300万個以上売れています。1998年、NZで販売を始めて、徐々にですがこのシステムの良さが人々にも分かり始めたようです。・・・・」

私は、11年前NZを初めて訪れて以来、まだ、ただの一度も、このシャワー付きトイレを設置している施設も、家庭も、売っているお店も見たことがない(4月に「世界一清潔好きな日本人?」で書いている)ので、10年前からNZで販売されている?!?!というコメントに興味津々で、早速土曜日、ホームショーを見に出かけた。

Pascal Street(パスカル通り)にあるArenas(アリーナ)2および3の広大な会場には、あらゆる家に関する展示ブースが、細々とした台所用品からカーペット、壁紙、家電、寝具、家具、ジャグジー、浄水器、ワイン、チョコレートに至るまで所狭しと並んでいる。どこも、たくさんの家族連れでごった返していた。しばし、ワインの試飲やチョコレートの試食などを楽しんだ後、あれこれ寄り道しながら、クリーンレットの展示ブースをやっと見つけた。小さな間口のその展示場には、小柄な日本人らしき女性が、しつらえたトイレを前にあれこれ効能を二人連れに説明している。

日本の方でしょ?と言う私の質問に日本語が返って来た時は思わず興奮した。日本語を話す機会がめったにないこの頃、久しぶりに日本語で話ができた嬉しさで、ヨシコさんと話が弾んだ。彼女によると、やはり、新聞に書いた通り、NZは、まだまだ、こういったものはなかなか普及しないとのことだ。ご主人のブライアンさんも、最初は、洗うボタンは使わず、ただ暖かい便座を楽しむだけでいいと言ったそうだ。でも、そのうち、洗うという快適さを知り、今では必需品だと言う。

好奇心でこのブースに立ち寄り、クリンレットを見ての人々の反応は、いずれも、「え~!!??お尻を水で洗う??!!!」と、驚嘆と笑いが混じったものだった。それでも、興味ありげにヨシコさんに質問して行く人も多い。クリンレットは、韓国製で、NZのほとんどの型のトイレに合う仕様になっているそうだ。10年前にこのお尻革命とも言うべき器具を持ち込んでビジネスを展開したWintle 夫妻は、まさにオシリ開発途上国NZのパイオニア的存在?3日間のショーでの売り上はいかに?

2008年7月28日月曜日

My favorite 9



Tamarillo(タマリロ:木立トマト)
おとなりのDon から、またタマリロをいただいた。去年は、塀からはみ出るほど鈴なりで、いただいたくさんのタマリロを、ジャムやソースにして冷凍保存してヨーグルトにかけたり、お肉料理のソースにしたりして楽しんでいる。今年は、雨が多い上に、この前の雹で葉っぱがすっかり腐って落ち、実もまだ青い部分があり傷が多い(写真上)。

辞書で調べるとタマリロは、木立トマトと言うらしい。なるほど、木になるトマト。味は、確かにトマトみたいで酸味が強い。半分に切ってスプーンですくって容器に入れてつぶすと濃いきれいな赤紫色になり、これに蜂蜜を入れて混ぜるだけでとろりとしてきて、即席ジャムが出来上がる。(スライドショー)

検索すると、NZから日本に輸出しているらしいが、1個3~400円くらいするらしい。甘くないので好き嫌いがあると思うけど、私は、さっぱりした酸味が好き。写真のレモンも、お隣からはみ出た分。ちなみに、以前もブログに書いたと思うけど、お隣も、向こう隣も、あちらもこちらも、お庭のレモンは年中実をつけているのに、誰も収穫しないようだ。実が腐ってボトボト落ちていても、私以外は、もったいないとか思わないのか、気にもしないらしい。いずれにしろ、フィジョア、タマリロ、レモンは、買わずに済んでありがたいことだ。

2008年7月25日金曜日

new brothel 2

娼館 ”Promiscuous Girlz”(プロミスキュアス ガールズ)
ダニヴァーク(人口5600人)では、町の中心High Street にある歴史的 ビルPublic Trust Office の中にbrothel(娼館:コメントいただいたshunさんによるこの言葉の方が売春宿よりまだ響きがいいようです)が開業されることに反対する町民が、800人分のbrothel開業反対署名を集めてTararua District Council(タラルア地方議会)に提出した。昨日(24日)、議会室に50人以上の反対者たちが終結し静かな意思表示をしたが、議会は、Ms.Teresa McGregor(テレサ マックグレガーさん)の企画している 娼館、
*Promiscuous Girlz ” は、法が要求する全ての条件を満たしており、却下する理由はないとして町民の要求を却下した。

曰く、このビジネスは国会で合法化されており、この種の開業に反対する権限はない。感情的、個人的問題は排除しなければならない。brothelの、裏口営業は禁止されるが、環境的に問題がない限りこれは普通の事業と同じとみなさなければならない。

事業主のMs. McGregor (自称30~40歳)は、ダニヴァークでの以前の仕事、ウール産業が枯渇したのでこの事業を思い立ったと言う。「ここダニヴァークで、洗練されたトップクラスのメンバー制によるお店にし、最高のサービスを提供します」とのことだ。ケバケバしい看板など要らないし、最低の標示で、アルコール類は売らず、建物も、改築は最小限の内装だけに留めて、全て合法的にしているという。「来月には、high class escort agency(高級付き添い斡旋所?)をオープンします」とのことだ。(参考news

*ふしだらな女たち?Timbaland の歌、”Promiscuous Girl”からとったのでしょうか?)

2008年7月23日水曜日

Palmy 9


B&B  RIVER HILLS
Palmy のRiverdale(リバデイル川)沿いにある(正確にはあった)、B&B "RIVER HILLS" は、瀟洒でとても素敵な、B&B(bed and breakfast:朝食付きホテル)。Ken &
Marie(ケンとマリ)が経営していて、日本から来た姉やお友達を2度ほど、ここに紹介して泊まってもらったことがある。姉は、白を基調に、ブルーをアクセントカラーに統一したセンスの良い調度品に寝具やタオル類、それに加えて、女性好みの果物いっぱいの朝食、などなど、ことの他気に入って、また、是非泊まりたいと言っていた。マリは、弁護士で、多忙、日中は仕事でいないことが多いが、ケンがしっかりお宿を管理していて、とても気さくで仲の良いカップルだ。

でも、1ヶ月ほど前、ケンにばったり街で遇ったとき、「ホテルをたたんで、ロトルアに移住する。マリが、そこで新しい仕事を見つけたから・・・云々」と、淡々と言う彼に、内心すごくショックだった。やはり、経営が思わしくないのだろうか・・・パーマストンノースには、あまり観光スポットはないし、国内からの旅行者は多いらしいからmotel なら、利用者も多いだろうが、宿料がお安くはないB&Bの経営は、思わしくないに違いない・・・とあれこれ思いを巡らせる。

主のいない家は、しばらく誰かに管理をまかせ、そのうち売りに出すつもりらしい。リバデイルの土手を散歩しながら、主のいない寂しい建物をながめては、何とかならないものかしらという想いで一杯になる。いずれ、旅行記で、素敵なB&Bのひとつとして紹介するつもりだっただけに残念でならない。

2008年7月18日金曜日

My favorite 8-2

             (2005年5月撮影:Hollywood Cinema)
Cinema 2 (Hollywood Cinema)
AUT(オークランド工科大)のコミュニケーション学コースでの科目のひとつに Media writing(マスメディア ライティング)というのがあって、提出課題のひとつに、新聞に載せることを想定して興味ある人物や建物などを取材し、写真付き記事としてまとめること、というのがあり、私は躊躇することなく、一度見に行った映画館を取材することにした。これが、Avondale (アヴォンデール)にある Hollywood Cinema(ハリウッド・シネマ) だった。

その時見た映画は、劇作家Arthur Miller(アーサー・ミラー)原作の"Crucible(るつぼ)" だった。英語で原作を読み涙、涙したことがあるだけに、予想通り、映画化されたものはがっかりするできだったが、その映画館はとても印象深かった。古めかしいドアを押して中に入ると、右側にチケット売り場兼スナックや飲み物売り場があり、頭の薄い気さくそうなおじさん(この方が後に課題のために取材することになるJan Grefstad 氏)が立っていた。少し奥まったところに目に付くのが、場違いな?アンティークで素晴らしく優雅なパイプオルガン。古めかしい絨毯がひかれた階段を上がって2階に(正確にはNZでは1階)。とても古い建物(1915年)で、エアコン設備は無く、天井にはクラシックな4枚羽根(3枚?不確かな記憶?)のファンが取り付けられている。夏だったので通風のためか後ろの窓が少し開けられていて、窓に下げられた重厚なビロードのカーテンが風で少し揺れ動く度に光の筋がスクリーンに反映し、画面が白くぼやける。まるで、60年代にタイムスリップしたかのような気分になる。周りを見回すと、観客は、数えるほど(7~8人ほど?)しかいない。これで、やっていけるのかしら?と余計な心配をしてみる。

(以下、1997年に、館主に取材して書いた記事の内容を、かいつまんでご紹介します)

・・・・1915年にアヴォンデール タウンホール(多目的ホール)として建てられた古い建物は、数代に渡って経営者が変わり、映画館として経営されていました。Jan Grefstad (ジャン・グレフスタド)氏は、無類の映画好きで、昼間教師をしながら夜は、この映画館で映写技師として働いていました。1966年3月1日、ついに彼は、映画好きが高じて教師の仕事を止め、友人のメルローズ氏とふたりでこの映画館を買い取ったのです。名前も“The Grosvenor Theatre”から、“Hollywood Cinema”に変え、開館しました。最初の上映映画は、“55 Days at Peking(北京の55日)”で、full house (満員) だったそうです。しかし、翌月4月になって、メルローズ氏は経営から手を引き、彼は、事実上一人で映画館経営に乗り出したのです。「6ヶ月も続かないだろう」という彼の友人たちの声をよそに、30年以上(当時)ひとりで経営してきました。映画放映の他に、彼は、クラシックなパイプオルガン(*由緒あるWurlitzer 製)の演奏会を、定期的に、あるいは機会あるごとに演奏家を迎えて開催しています。・・・・

余談ですが、一人でこの映画館を切り盛りしていた映画館主、Grefstad氏の車のナンバープレートは「CINEMA」でした。

2005年5月に、なつかしくて、アヴォンデールのハリウッドシネマを見に行ってみた。残念ながら、映画はその日は、ナイトショーだけで、閉館していたが外観を撮ることができた(上)。昨日、インターネットで Hollywood Cinema のサイトを見つけ、まだ無事経営されているようでホッとしたが、説明を読んでみると、経営は、もはやJ. Grefstad 氏ではなくなったのか(亡くなった?)、「Jan Grefstad のハリウッドシネマ」として、地元有志(?)の人々の手によってなされているような雰囲気だ(彼の消息を知りたくて、サイト経由でメールを出してみたがまだ返事をもらえない)。あのWurlitzer オルガンは、なお健在で、8月10日には演奏家を招いてコンサートが開かれる模様。Aucklandにいないので行けなくてとても残念。

Auckland 在住の方、是非演奏会を聞きに行ってください。そして、映画狂の貴方、オークランドに行ったら、アヴォンデールにあるこの素敵な映画館を、是非一度覗いてみてください。