2011年4月13日水曜日

Jury Service 1

Jury Summons 陪審員召喚状
数日前、裁判所(Ministry of Justice)から封書が届いた。裁判所からというだけで、身に覚えがないのに(もしかして、スピード違反!?などと)、ドキマギしてしまう。

しばらく、ほっといたけど、思いきって開けてみる。

と、いきなりJury Summons(陪審員召喚状)!!!の文字が目に飛び込んできた! (@Д@;

え~~~!!!!!何で~~!私が~~~???!!!ロトは、ちっとも当たらないのに~~!!(゚ρ`) こんな、気の重い仕事?!には当たるなんて~~~!!!

日本でならともかく、こんな地の果ての国に来て、こんなこと、何でしなくちゃなのよ~~!! σ(´Д`;)?

キリスト教の環境で育ったから、「裁くな。裁けば裁かれる・・・裁くのは、神のみである・・お前たちのうちで、罪なきものが、この女を石持て打て・・・」など、聖書の言葉が、頭の中を次々とよぎる。 でも、とにかく詳細を知るしかない。

期日は、2011年5月23日 9:30am~ (長くなる可能性あり)

「・・・今回ランダムで選ばれた貴方に、陪審員をしていただくことになり・・・・・・理由なく拒否すれば、陪審員法(Juries Act 1981)に基づき、1000ドル以下の罰金に処せられます・・・・・」


●都合が悪ければ、召喚日を後に延期してもらえる。

●断れる理由として    

    *陪審員制度を否定する宗教による

    *職業上の特殊な事情による

    *身体的障害

    *知的障害

    *その他健康上、私的状況によって不可能

    *65歳以上(もうちょいなのにo(´^`)o)    

    *過去2年以内に陪審員奉仕した

    *陪審員として奉仕中

    *3年以上の刑に服したことがある、あるいは拘留中の者

    *過去5年以内に3カ月以上服役した者

    *その他、・・・認められる特殊な事情

●法的知識は必要なし・・・

●英語が分からない時は、裁判所のスタッフに聞け・・・

●ろうあ者でも、陪審員奉仕したい人は、手話通訳を要求できる・・・

●無料奉仕ではなく、わずかだけど日当と交通費は出る・・・


どうやら、断る理由は、今のところ、ないみたい・・・

一晩考えた末、

断る理由がないのは、ある意味、健康で、平安の中に過ごさせていただいている、感謝すべきことなのだ

NZに永住する以上、NZの法に従わなければいけない

法治国家では、人が人を法の元に公正に(?これが本当にできればいんんだけど)裁くことが必要だ


など、自分なりの結論に達し、承諾の返信を出すことにした。

さて、さて、どうなることやら・・・・・

2011年4月11日月曜日

NZの隅々を旅するの記9-11b

10月15日(2010年) バスツアー その2
Mongonui でランチタイム

Cape Reinga を出発、1号線から、10号線に入って、バスは、Doubtless Bay にある、Mangonui(map)のレストランへ。Mongonuiは、地元で獲れる新鮮な魚を使ったフィッシュ&チップスが美味しいと、旅行ガイドに載っている。有名なのは、"Mangonui Fish Shop" と言うお店らしいけど、このツアーは、BBQランチを食べさせる(別払い)とかで、違うお店へ連れて行った。お客を連れて行けばリベートもらえるように契約しているお店?ドライバー氏は、慣れた様子でお店のキッチンの中に入って行った。

ツアー申込時に、あらかじめBBQランチの予約を取っていたらしいが、我々がツアーを予約する時、ランチ予約について何も聞かれなかったから、登当然何も予約していない。ま、聞かれても、ランチにBBQなど予約はしないけど・・・

他のツアー客は、予約していたBBQランチとやらのチケットをもらって、キッチンのカウンターで、大きなお肉の載ったお皿をもらっている。食堂の長いテーブルには、BBQランチ用のセルフサービスのサラダや果物が満載。彼らは、抱えている大皿のでかい肉の横に、ポテトやサラダを次々と載せて行く(影の声:”昼間から、あんなにたくさんよく食べるよね~!!”)

何度も吐いて最高に気分が悪い私は、お店から匂ってくる古い揚げ油の臭い(この臭いから、そんな美味しいお店とは、とても思えない)に、また、ウ~~、と気持ち悪くなる。フィッシュは要らないと言う姉たちのために、チップスだけを注文したら、お店のお姉さんが、不審がるので、実は、車酔いで吐いて何も食べられない、と説明すると、親切にも、「BBQ用のテーブルにあるリンゴを、いくつか持って行って食べなさい。」と言ってくれた。

お言葉に甘え、カゴに山盛り置いてある直径5~6センチの小ぶりのリンゴを3~4個もらってきて食べてみた。ら、マ~~!!これが、何と、ジュ~シ~で、適度な酸味と甘みが!!最高に美味しい~~!!皮も全く気にならずパクパク食べられる!!!姉も、一口、食べたとたん、目を丸くして、「美味し~~~!!もっと、もらっといでよ!」

またテーブルの所に行き、遠慮しいしい(?)、5~6個、リンゴを抱えてきて、パクついた。ムムカして、何も受け付けない胃に、それはそれは、美味しく、優しい味。まるで、飢えた子供のようにかぶりつく。日本の紅玉よりも少し小ぶりで、真っ赤な、何の変哲もないリンゴ。気分が悪かったせい?かもしれないけど、こんな美味しいリンゴは、生まれて初めて!帰り際、また、こっそり、リンゴを5個ほど抱え込んでバスに乗った。でも、食べるのに夢中で、写真を撮ることを思いつきもしなかったのが残念。o(´^`)o

これまで、NZのリンゴは、どれも小ぶりで、素朴なリンゴの味だけど、日本の、蜜がいっぱい入ったフジ?だか、何だか、の方がダンチ、美味しい、と思ってた。でも、もう、絶対!このリンゴが、世界一だ(あくまで独断と偏見です)!

以前、NZは、遺伝子工学的に、品質改良の末、より健康で、より美味しいリンゴを産出できるようになった、という記事を読んだことがある。オーストラリアが、NZのリンゴを輸入禁止にしているのは、自国のリンゴの味がお粗末だからと聞く。なるほど、この味なら、輸入禁止にしているのも無理ないよな~・・・

ちなみに、今年2月に、オーストラリアのジュリア・ギラード(Julia Eileen Gillard)首相が、就任以来初めて、NZを公式訪問した時、友好の置きみやげ?に、「NZのリンゴ輸入を解禁します」と、約束して、大喝采を浴びた。


以後、買い物する時、似たような小ぶりのリンゴを買ってくるけど、いまだに、あんな美味しいリンゴにはお目にかかれないでいる。幻のリンゴよ~~、いずこに~~。


写真は我が家の今年(2月から4月にかけて収穫)のリンゴ:幻のリンゴ(には、かなわないけど、ごくそれに近い、ジューシーで甘酸っぱくてすごく美味しいのです!)が、こんな身近にありました!(横道にそれてm--m)

2011年4月4日月曜日

NZの隅々を旅するの記9-11a

10月15日 バスツアー その1





コースは、Puketi Kauri Forestー 90mile beachー Cape Reingaー lunch time ( Mangonui fish'n chips )ーAncient Kauri Kingdom



朝7時15分に、フラーズ(Fullers)のコーチバスが、ホテル前で我々をピックアップ。予約客のホテルに停まりながら、お客を拾っていく。





途中、原生林、プケティ・フォレストの一部、マンギナンギナ・フォレスト(Manginangina Forest) へ。貴重なカウリの老大木や、他、ネイティブの植物や野鳥が保護されている原生雨林の一つだ。





カウリの老大木。














ブッシュの中は、木を敷き詰めたボードウォーク(Boardwalk)に沿って歩けるようになっている。ボードウォークは、木々の4方に張った根や、植物、生物を守るために、地面から高く作られている。原生林の香りがする湿った空気が、とても美味しく感じられる。(ブログタイトルの背景写真はここで撮ったもの)




原生林の美味しい空気を吸ったあと、カフェに寄って、朝食タイム。










その後、90マイルビーチへ。遠浅の海岸で、潮が引いた時間を見計らって通ることになる。実際は、55マイル(88km)しかないそうだ。果てしなく続くビーチは、あいにくの曇り空で、風が強く、海もどんよりとして灰色だ。バスに弱い私は、昨日あたりから、少し頭痛がしてたのもあり、気分が悪くなって、座ってる間、数回、用心のために持って来たビニール袋に、吐いた。




やっと、途中で写真ストップ。寒いくらいの風に当たり、少し、気分が良くなる。その後、砂丘(sandune)で、砂滑り(body boarding)。気分は少し悪いけど、何事も経験、ボードを引きずり、砂丘をエンヤコラ、皆に続いて登る。上から見るとかなり高くて遠い。でも、今更止めるのもシャク、恐る恐る、うつぶせにボードに乗っかる。バスのドライバー氏が、「しっかりボードの先をつかんで足指を砂にしっかり食い込ませて!」と言う指示を聞くか聞かないうちに、まっさかさまにダ~~~!!!砂が目や口に容赦なく飛んでくるので、叫びたくなるのを必死に我慢!サングラスをしてて良かった!薄目を開け、口を結んで・・・足指で必死に砂を掻いてブレーキをかけているのに、すごいスピードで滑り落ちて行く!セイコ~~(写真の右ライン上に滑っている)!!



次は、ケープレインガへ。ここは、5年ほど前に行ったけど、あれから、ずいぶん様変わりしているのにびっくり。





門ができ、あちこちに説明の看板があり、灯台までの道も、椅子や案内板が置かれ、きれいに整備されていた。









東京まで8475KM。ここは、NZの最北端。


(何度編集し直しても、htmlを、さわっても、ブログを表示すると、レイアウトが狂ってしまう・・・何故???)

2011年3月26日土曜日

Praying for Japan

From Palmerston North
土曜日、26日、パーミー(Palmerston North)の中心街の公園、スクエア(The Square)で、恒例のイベント、フェスティバル オブ カルチャ-ズ(異文化祭?Festival of Cultures)が、催された。

このフェスティバルで、最近発足した日本交流会(Japan Association)と、IPC(International Pacific Collage) の日本人留学生の有志が協力して、日本の東日本地震の被災地の人々のために、赤十字(Red Cross)の協力の下、義援金募金活動をすることになった。

朝から、あいにくの雨だったが、ずらりと並んだテントには、たくさんの国と地域からの移民による、それぞれの文化やライフスタイルの展示や、食べ物。中央の舞台では、民族舞踊や音楽。雨だから出足が悪いだろうという予想に反して、たくさんの人々が、傘をさして、あるいは濡れながら、楽しんでいる。

募金は、日本人会とIPCの留学生有志が、2~3人で組んで、1時間交代で会場を回る。私は、11時から12時まで担当。

"Pray For Japan" の看板、募金箱、募金してくれた人へお礼の、赤十字のマークにThank You と書かれた丸いシールと安全ピン付き折鶴を入れた袋を持って、会場を回る。「募金お願いします!」と言っても、もちろん、通じないので、英語で・・・大きい声を出すのは、恥ずかしくてとても勇気がいる。でも、恥ずかしいなんて、言ってられない・・・少しでも、たくさん義援金集めなくては~~!


ニュースで、悲惨さを知っている人たちが、同情の言葉と共に、次々と募金に協力してくれる。本当の嬉しい!と、だんだん、声も、出てくるから不思議だ。

IPCのテントの前では、浴衣を着た留学生たちが、募金箱を持って、お願いしますコール。




募金してくれた女の子とお母さんに、折り鶴のプレゼント。




テントの中では、募金箱を置き、被災地に募金と千羽鶴を送るために、テントを訪れた人たちに、折り鶴の折り方を教えてている。

私も、折り鶴しか折れなかったので、二日前、インターネットで調べて、にわか仕立てで覚えた風船、指輪、箱、花などの折り紙を、たくさん折って持って来て、訪れた親子にあげると、とても喜んでくれた。
小さな国NZの、人口7万5千人ほどの小さな街、パーマストン・ノースでも、たくさんの人々が、日本を応援してくれていることが分かって、本当に嬉しい一日だった。

被災地のみなさん、どうぞ、頑張って、苦難を乗り越えてください。地震で被災したばかりのNZの人たちもたくさん応援してくれています!

2011年3月17日木曜日

Japanese Association in Palmy

パーミーの日本人会発足
クライストチャーチ大地震の後、まだ復興の大混乱の中にあって、今度は、日本が!とてつもない地震、大津波、原発爆発、の三重巨大災害に見舞われた。史上最悪のシナリオで、日本は、今、大打撃を受け、沈没しそうな非常事態となっているようだ。

遠く離れたここNZも、毎日日本の大地震のニュースで、クライストチャーチ地震のニュースは、隅に押しのけられた状態だ。クライストチャーチのために、何か出来ることを、と考えているうちに、今度は、愛する母国が!!!両国の災害ニュースに、パニックになったのは私だけではなかった。ここ、パーマストンノース(愛称:パーミー)に住む数人の日本人が、NZと日本のために何かしたいとの思いで、立ち上がったのだ。

数日前の新聞の一面に、大きな写真入りで、パーミー在住日本人の女性グループが、Japanese Association of Palmerston North を立ち上げた、趣旨の記事が載っていた。いずれも、家族で、結婚して、あるいは仕事を得て、パーミーに永住している人々だ。

これまで、パーミーで2~3人の日本人しか知らなかったので、もっとたくさんの日本人が住んでいるということが分かり、すごく嬉しかった。

すぐに、会長のChiho さんに連絡を取り、お会いし、お話を伺った。曰く、先月のクライストチャーチの地震をきっかけに、自分たちにもできることを何かしたい、との思いがつのり、親しく交流のあるお友だち数人と、話し合ったとのこと。そして、「パーミーに住んでいる日本人同士が、交流の機会を持ち、情報を交換し、日本の文化を伝えるために、日本人だけの閉鎖的な集まりではなく、日本に興味ある人たちとの交流も含めて、活動して行きたい」との趣旨で、同志を募り、7人の役員で会を運営することになったそうだ。まだ、立ち上げて3週間ほどで、すでに、会からクライストチャーチに、多大な寄付金や物資を送ったという。

今、世界中に散らばっている日本人が、母国のために、何かお役に立ちたい、と願っている。いえ、日本人だけではない、前例がないくらい、多くの国と地域の人々が、同じ気持ちを持って援助の手を差し伸べてくれている

聖書の「善きサマリア人」のたとえ話のように、敵対意識を持った国同士でも、困った時は助け合う気持ちを、困難の時だけでなく、いつも持ち続ければ、地球のあちこちで、宗教やイデオロギーの違いから、憎しみ合い、殺し合う人々も、いなくなるだろうに・・・・

日本が、戦後の荒れ野原から、あるいは、阪神大震災など、数々の災害から、不死鳥のように蘇って平和な国として繁栄してきたように、また、今受けている災い、困難を克服し、見事に立ち直って欲しい。そして、その大和魂を、愚かな殺し合いで、あるいは、専制政治で、国を、国民を、滅ぼして行っている、どこぞの国や指導者達に、見せつけてやって欲しい・・・

と、心から思う。

2011年3月10日木曜日

NZの隅々を旅するの記9-10c

10月14日 Paihiaへ
Kawakawa からは、11キロメートルほどの所にある、Bay of Islands の美しい海辺の街、今日からの宿泊地、パイヒア(Paihia)を、目指す。ロビンは、途中、遠回りして、ラッセル(Russel)の半島巡り(地図参照)をしながら、パイヒアのホテルまで送ってくれた。でも道々、彼女の家族の話、旅行の話などで、おしゃべりに夢中になり、どこをどう通ったのやら??

Paihia は、数年前訪れ、Blue Pacificというアパートメントホテルに1泊した。このホテルは、Bay of Islands の美しい海を眺望できて、お部屋もとても素敵だったので、姉がとても気に入っていたけど、町から少し外れてる。今回は、車ではないので、歩きまわるのに便利な町のど真ん中のホテルにした。

(写真:ホテルの外観)やがて、ホテル、 ウォターフロント・スイーツ(Waterfront Suites)へ。タクシー料金は、240ドル。色々親切にしてもらったお礼に、少し足して260ドル払う。17日、早朝、のKerikeri空港行きのピックアップも、60ドルで、契約。

(写真:お部屋から海を望む)今回のアパートメント式ホテルは、インターネット予約する時、1階の海の見えないお部屋は、安いけど、3日連泊なので海の見える部屋を、と、頼んだ。交渉の末、部屋代は、何故か、1階の海の見えない部屋より安くしてくれたのだが、お部屋を見て納得。確かに海は見えるけど、両側の飛び出た建物の間で、海は、真正面に、ちょっぴりしか見えない。でも、ま、全く見えないよりましだし、何より、安いんだから文句は言うまい・・・それに、ほとんど毎日、観光で出まわって、寝るだけだし・・・

広々としたリビングにアイランド式キッチン。 (写真で少し見える)右側のドアを出ると、エレベーター室があり、隣室と共有。これまで、2階建てのホテルで、エレベーターを敷設しているところは、皆無だった。重い荷物を運ぶ時や身障者などのためにも、とても親切設計だ。




主寝室は、シャワーとトイレット付き。写真の奥が主寝室。右手前に2ベッドルーム。左のドアは、外(階段室)につながるドア。






2部屋の真中にあるバスルームは、バスタブ、トイレット、洗濯機、乾燥機付き。

ま新しい建物で、とても気持ちがいい。3泊で、628.58ドル。1泊一人当たり70ドル(約5000円?)位だから、リーズナブル。ここは、選んで

予約しておいた、明日、明後日のバスツアーの支払いをしに、ウォーターフロントのフラーズ(Fullers)ビルへ。明日は、90mile beach からCape Reinga のコース。明後日の Hokianga Waipoua Forest tour とセット料金にすると、安くなるので、3人分、両ツアー料金、602.10ドル支払う。

夕食は、ロビンが推薦したオンリーシーフード(Only Seafood)へ。途中レストランの横の広場で、ファーマーズマーケットが、開催されていたので、朝食用に、その場で絞ってくれるオレンジジュース、キーウィフルーツを買い込んだ。名前の通り、シーフードだけのレストランだ。3人共、小食なので、多すぎないよう、チップス、シーフードサラダなどをシェアして食べる。ここも

2011年3月2日水曜日

NZ's two minutes silence and national anthem

2分間の黙とうと国歌
大余震から1週間後の昨日、火曜日、12時51分、地震発生時に合わせて、NZ全国民が一斉に2分間の黙とうを捧げた。半旗(half mast flag)が各地ではためき、ラジオやテレビは、2分間、国歌(the national anthem)を流し、国民がそれぞれの位置で黙とうを捧げる。私は、昼食の支度の途中で、ラジオで国歌を聞きながら、黙とう。

NZの国歌は、公用語のマオリ語と英語で歌われる。心に沁みるとても美しい、覚えやすいメロディーだ。何かにつけて歌われるので、知らず知らず一緒に口ずさむようになった。

"God Defend NZ" 、「エ・イホア・アトゥア・・・神*よ、守りたまえ、自由の国NZ。神の下に、多様な宗教や人種が一緒に暮らす愛と自由の国を、争い、ねたみ、憎しみ、腐敗、侵略から、素晴しい国を、神*よ、守りたまえ・・・」と言った、意味の歌(下記:一番のみ)。(*間違い訂正m--m)

(Maori)
E Ihowa Atua, O nga Iwi Matou ra Ata whakarangona; 
Me aroha noa Kia hua ko te pai ;
Kia tau to atawhai; Manaakitia mai Aotearoa

(English)
God of nations at Thy feet, in the bonds of love we meet
Hear our voices, we entreat, God defend our Free Land.
Guard Pacific's triple star, from the shafts of strife and war
Make her praises heard afar, God defend New Zealand.

一方、日本の国歌はどうだろうか?「君が代は、千代に八千代に・・・」は、多分、多くの国民にとって、特にあの悲惨な戦争を経験した人々にとって、あまり口ずさみたくない、重い歌詞に違いない。

君が代は、「天皇の御代(あるいは御世)」、神格化された天皇を称える歌だ。古今の昔から、日本は天皇制によって統治され、他国から侵略されることもなく安泰な国家を保って来た。明治維新後、その神格化された天皇のために、お国のために、と、忌まわしい侵略戦争に刈り出され、命を落としていった人々のことを思うと、素直に国歌を口にすることができないのは、私だけではないだろう。

NZでは、普段でも、あちこちで国旗がはためいているけど、日本では、日の丸国旗は、軍国主義の、あるいは国粋主義のシンボルとしての印象があまりにも強く、何か国家的行事があっても掲げる家庭は少ない。

西洋民族のキリスト教の神を基本とする国歌と、日本の現人神を信奉する国歌。NZに住むようになって、日本にいた時より、もっと良く日本を理解し、日本人であることを誇りに思うようになった。それだけに、いつも流れているNZ国歌を、いつの間にか一緒に口ずさむようになり、一方で、「君が代」を歌うことに抵抗がある自分自身を考えると、複雑な心境になる。