2011年8月29日月曜日

Students from Namiki Secondary School 4-1

学校生活その4 






8月4日 Mr. Sekiのスピーチ

朝は、全校集会があり、校長が、並木のことを紹介するという。Lanceが、Mr. Sekiと私は、壇上の真中あたりに他の先生方と一緒に並んで座るように指示。校長(Rector)のMr. OC'onnorが、並木セカンダリースクールの紹介をして、記念にと、Mr. Sekiにに校章のプレゼント。その後、Mr. Sekiが、お礼のスピーチを英語ですることに。心配だった私は、「先生、ゆっくり、ゆっくり、あわてず、堂々と読んでくださいね」と囁く。Mr. Sekiは、演台に立って、おもむろに原稿を広げて読み始めた。事前に私がおおまかに書いておいた英文を土台にして、色々前夜考えて来られたと言う。


まず、マオリ語で「Kia Ora!」と、挨拶をしたので、場内から、ワ~と言う歓声。それから、昨日のラグビーの試合が感動的だったことを、ゆっくり、ゆっくり、途中エ~、とかア~とか、交えながら、Janglishその物の発音で読まれた。それは、満場の喝さいと笑いを誘う、とても、心のこもったスピーチだった。先生!素晴しい~!!こうでなくっちゃ!どんな美辞麗句を並べたてた流暢な英語のスピーチよりも、皆の心に響いたに違いない!




その後、 Mr.Sekiが、Rector に、並木のロゴと龍、及び富士山の絵が付いたハッピ2枚と、日本タオル2枚をプレゼント。私が、龍の絵の付いた一枚をRectorに着せてあげたら、その後朝礼が終わっても、ずっと着ていてくれた。


この後、(次の日のことだが)一人の生徒(多分14~15歳)が、広場にいた私たちのいる所にやってきて、私に「昨日の彼のスピーチ、すごく良かったって伝えて」と、言って去った。こんな子供なのに、大人を相手に率直に褒めに来る所がまた感動的!PNBHSは、良い教育をしてるな~、と改め感心した一場面だった。

2011年8月26日金曜日

Students from Namiki Secondary School 3

学校生活その3




8月3日ラグビー対抗試合 (Polson Banner)
今日は、PNBHSとNapier Boys' High School(NBHS)のラグビー対抗試合(Polson Banner杯)がある日だ。伝統的な
大ゲームということで、朝の全校集会は、全校生徒による、激励のSchool Hakaで締めくくられた。約1800人によるstudents' Hakaは、力強く壮大で、胸にズ~~ンと響く。

(左写真:職員用ティールーム)今朝のモーニングティーは、いつもよりたくさんのパイやマフィンなどの軽食が用意されていた。オフィススタッフの女性が、「今日誕生日の人が二人いるので、birthday shout(shout:豪英語で、飲食物をおごること)よ。」と説明してくれた。美味しいので、思わず、エッグパイ1個、マフィン2個を平らげて、お腹いっぱいに。今日は、よりによって、3人分のランチにと、おにぎり持って来たのに・・・・


現地校日本語クラスの授業に並木生徒全員参加しての交流授業は、午後からラグビーゲームがあるため、30分に短縮されたけど、充実したものだった。生徒一人に並木生一人が付いて、日本語を教えるというものだった。壁には、たくさんの日本の文化を紹介する写真(ナットーだ~~!食べた~~い!)




year 9で、まだ習い始めて4カ月ほどだという生徒たちに、並木生徒たちは、落ち着いて、英語で教えるている。担当教諭のMrs.Sayokoは、その様子を見て「感動しました!とっても良い授業ができました!」と、大喜び!


午後1時から、Polson Banner杯ラグビーゲーム開幕。芝生の広大なラグビー場の向こう側は、NBHSの応援団・・・とは知らず、Mr.Seki、Mr.Eikiとネイピアの応援団側に座って写真を取ったりしているうちに気付いて、PNBHSの方へ戻る。Mr. Sekiも、Mr. Eikiも、のんびり、マイペースで、気が利かない私は、大助かり。



結果は、12:10でPNBHSが優勝! 白いユニフォームが、PNBHSチーム。ブルーは、NBHSチーム。今日の試合は、スカイTVで週末に放映されるそうだ。




大ホールで優勝お祝いパーティ。選手たちは、ブレザーに着かえて壇上に。レクター(校長)のスピーチ。


2011年8月22日月曜日

Students from Namiki Secondary School 2

学校生活 その1 8月1日
緊張しているせいか、朝6時前に目が覚めた。時間があるので、朝シャンして、ランチ用にサンドイッチ作って、7時55分に出かける。7時15分、Fitzherbert Avenue のモテル通りにあるAvenue MotelにMr. Seki、 Mr.Eiki両氏を迎えに行き、学校へ。




ホール(Hall)で全校朝礼集会の後、Speirs Centreと呼ばれる小ホールで、並木生徒へのオリエンテーション。若くてハンサムな校長(この学校では PrincipalではなくRectorと称されている)の、Mr. O'Connor が歓迎のあいさつ。


「この学校は伝統を重んじる非常に保守的な学校です。長髪は禁止です。ここに何人か長髪の生徒がいますが、この学校で学ぶ以上、学校の規則に従ってもらわなければなりません。明日の朝僕がハサミを持って来て、皆、短くカットします!」でも、これは、ジョークで、「でも、ビジターだから大目に見ます」と、国際関係のコーディネーターのランス(Lance)が助け船を出してくれて、生徒たちは、ホッ。

PNBHSは、とても広い学校だ。日本と違って、こちらでは、学生たちが、科目毎に、違う教室に移動しなければならないから、どこに何があるか頭に入れて置かなければ迷子になる。で、まずは、校内探索(schooltour)。でも、Lanceは、案内するのではなく、学生たちの自主性を重んじ、どこに何があるか、3人ずつグループになって、自分たちで探検する(exploring)ようにと、校内マップを配った。なるほど、良い考えだ。

並木生徒一人に、PNBHSの生徒が一人付いて(buddyと呼ぶ)、そのbuddyの教科を一緒に学ぶ。並木生徒の学年は、NZで言えばyear11~12(15~16歳)に当たる。buddyは、year9~year13(12~17歳)まで様々。中には、year9のbuddyに付いて行ったクラスで数学を習い、「もう習った所で楽勝だった!」という子もいた。中には、学年は同じでも「まだ習ってなくて難しいから、時間中は、夏休みの宿題してた」という子も。


モーニングティーが11時10分から20分間あり、生徒たちはホストマザーの準備してくれたスナック菓子を中庭で立って食べながら仲間と情報交換。彼らにあれこれ、ホストファミリーのことなど聞いていると、Lanceが太ったツルツル頭の男性を連れて来て「日本語が上手なMr. Doolan」と、紹介してくれた。


Mr. Dolanは、ニコニコしながら、「コンニチワ、ワタシハ、ニホンニイッタコトガアリマス。ニホンダイスキネ!ニホンノモノナンデモダイスキ!アツカン、ウマイネ~~!オンセンニハイッテアツカン!ア~~、ナツカシネ~~!・・・・・」と、しばし、日本礼賛して止まない。強面からは、想像もつかない、次々と冗談が飛び出すとても人懐っこい気の良い人だ。それでいて、だらしなく靴下が下がった生徒が歩いて来ると、大きな声で一喝、生徒はさっと靴下を上げ直立不動。面白い人だ!


ランチタイムは、1時20分から。これも、やはり、中庭で。お腹が空いて、ランチのお弁当を開けて食べている子もいる。ほとんどの生徒たちが、立って食べているので、並木生徒も右に倣えで立って食べている。日本人には、少々抵抗あり?



お弁当の中身は、どの子のお弁当も一様に、袋入りスナック菓子、果物、ハムかジャムなどはさんだ簡単なバーガーかサンドイッチ。栄養的には、いまいちのランチ。でも、キャンティーン(canteen:学生食堂)でハンバーガーなどを買って食べている子たちよりは、ましだ。

並木生徒たちは、疲れも見せず、学校生活第1日目を楽しんだようだ。 私も、何事もなく第1日目が終わって一安心。




スタッフと談笑するハンサムなRector (向かって右)

2011年8月16日火曜日

Students from Namiki Secondary School

並木中等教育学校の生徒を迎えて

日本人会(Japanese Association)で知り合った方の紹介で、OKC(Oceania Koryu Centre)からの臨時派遣社員として、7月31日~8月11日まで、Palmerston Boys' High School(PNBHS)で、働くことになった。OKC は、留学のお世話をする会社だ。というわけで、ブログ更新は、すっかりご無沙汰。

茨城県立並木中等教育学校(Namiki Secondary School)から生徒111名引率の先生や添乗員を含め総勢119名がNZに語学研修に来ることになった。学生111名を1校で引き受けることは、困難なため、Palmerston North周辺とWellingtonの6校に分かれて学ぶことになった。Palmyでは、PNBHSと、Freiberg High SchoolAwatapu High School の3校がそれぞれ18名、19名、19名に分かれて短期体験留学することに。

Namiki Secondary Schoolは、2008年に開校して、今回の生徒たちは、一期生だということだ。6校に、それぞれadvisorという名目で、学校と並木からの生徒及び引率の先生をサポートする6名が派遣され、私の担当は、PNBHS。

さて、第1日目の仕事は、Wellington Airport まで、生徒たちのお出迎え。各学校毎に、Madge Coach Linesの大型バスが用意され、PNBHSから朝10 時半出発。行きの乗客は、なんと私だけ!バスの運転手のポール(Poul)と、現地に着くまでの2時間、しゃべりっぱなしですっかりお友だちになってしまった。

飛行機は予定時間より、大幅に遅れ、生徒18人、引率の先生のMr. seki、JTB社員のMr. Eiki、計20名をバスに乗せて、PNBHS へ着いた時は、もう6 時過ぎ。

学校の小ホールには、既に生徒のホームステイ先のホストファミリーが待っていた。国際関係のディレクター、ランス(Lance )、ホームステイ・コーディネーターの ブロンイン(Bronwyn)と一緒に名簿を照らし合わせて、一人一人ホストファミリーと対面、解散。

明日月曜日から、学校生活が始まる。8時40分に生徒の点呼(roll call)があるから、8時半までに、学校に着いていなくてはならない。私は、先生たちを宿泊先のモテルまで送迎することになっているから、7:15分にはモテルに着くようにしなければ・・・ウ~~ン!明日から早起きダ~~(続く)

2011年8月15日月曜日

Snowing snowing!

全国的に雪!




朝、遠くに見える山が真っ白に雪化粧をしていた。寒いな~と思っていたら、夕方、4時頃、なんと!雪が降り始めた。雪は止まるところを知らず、屋根も、芝生も、となりの車の屋根も真っ白になっていく。パンジーの鉢植が真っ白になりかけたので、凍傷にかからないよう、屋根の下に移した。



北島は、高地は、もちろん積雪するけど、平地は、雪は降らない。ここパーミー(Palmerston North) も、雪は降らないと聞いていた。降っても平地では、地上に落ちる前に融けて消えてしまう。雹や霜はたまに降りることはあるけど、雪が真っ白に積もるなんて、何十年ぶり(*ニュースで80年ぶりとか?!)のことらしい!ニュースによると、今日は、南から北まで全国的に雪模様だそうだ。ウェリントンでも、オークランドでも、30年ぶりとか20年ぶりとか言いながら、子供も大人も大はしゃぎで、雪の中を、走り回っている。



北島に雪が降っても、珍しくて、深刻さはあまり無いけど、南島の積雪は、いつものことながら、深刻だ。南島の南端では、昨年の大雪で、子羊が大量に凍死した事を思い出す。クライストチャーチでは、まだ地震の後の復興もままならないのに、今、大雪で、停電したり、人々は不自由な生活を強いられている。



日本は、今、暑い夏の真っさかりに違いない。NZから、この冷たい空気を送って、日本から熱い空気を送ってもらって、お互いに中和できたらいいのに。

2011年7月7日木曜日

Manawatu Careers Expo 2011




職業博覧会
7月3日(日)~4日(月)の2日間、Arinaで、Careers Expo(職業博覧会)が、開催された。マナワツ地方は、学園都市で、たくさんの学生が学んでいる。その学生たちも、卒業すると、仕事がなくて仕事を求めて、外に出て行く者が多い。そう言った若者をくい止めるために、企業や組織が職業紹介をしようというもの。



月曜日は、主に高校卒業予定の学生が団体で来る日。我々移民雇用促進プロジェクトのクラスも、団体で参加することに。1時15分にアリーナに集合。8人ほど集まり、講師のシーラと一緒に各ブースを回る。



会場入り口に陣取っている羊たちとウール。Tectraは、ウール産業界で働く人の教育と訓練をする学校。






Department of Conservation NZ  政府の自然と歴史保護管理部門









career NZ 政府の求職者のための職業取得援助機関







CIDESCO エステティシャン 国際認定校 エステティシャンが希望のクラスメートのオーマ







制服を着たセカンダリスクールの学生たちが、たくさん来ている。今年卒業する生徒たちが、進路を決めるために参考にするのだろう。


これまで、職業訓練を受けて感じたことだけど、日本とNZの教育制度の大きな違いは、この辺りにあるような気がする。

NZは、セカンダリー教育(日本の中学、高校に当たる)を終わる生徒に、国と自治体や教育機関が一体となり、子供たちの進路を決めるためのサポートプログラムがすごく充実している。 生徒が卒業後の進むべき道を見つけるために、Star & Gateway というサポートプロジェクトがあり、学校はその専門の指導者(gateway coordinator)を置いて、生徒を指導する。就職をする、あるいは、仕事に着くため専門の技術を身につける学校に進む、学究のためアカデミックなコースへ進むなど、多岐にわたる道を生徒が選択できるよう、職場見学をしたり、Career Expoを開催したり、きめ細かい指導をする。



Tertiary education(大学、専門学校など)に進学するのも、農業、工業、社会福祉関係、アート、音楽、エステティシャン、ナニー、看護師、手話技術、動物関係、航空関係、騎手、などなど・・・書ききれないくらい多岐にわたる充実した教育プログラムがあり、それに進むためにはどうしたらよいか、細かなガイドラインがある。あるいは、通信教育で学こともできる。




NZでは、学歴を言う時、XXX 大学出身(東大出とか慶大出とか・・・)です、など、最初に言わない。大学でXXX(化学を、あるいは環境学をなど・・)を専攻しました、と言い、なお聞かれれば、XXX大学です、とは、応えるかもしれないけど・・・。何を学んだかが、問題であって、どこを出たかは、まったくその人の学歴に関係ないのだ。



日本はどうだろう?私の経験では、高校は、成績で振り分けられ、生徒の好みなど関係なく、成績が特に優秀な生徒は、医学部、薬学部、あるいは、有名大学の有名学部、そこそこの者には、そこそこの大学(学部なんて関係ない・・大卒という経歴が欲しいだけ?)に行くことを勧められて進学。卒業しても、専攻科目に関係ない所に就職する(ならまだ良いけど、何をしたら良いのか分からずフリーターする者が多い?)。成績が悪い者は、中学、あるいは高校を卒業して就職・・・優等生と劣等性に振り分けるだけの教育制度だったような気がする。結果、頭が良いだけで、心のない、医は算術の医者が大手を振って闊歩し、劣等生は、何をしていいか分からないまま、人生をウロウロする(私のこと?)。



もっと生徒の個性を大切にし、才能を伸ばせるよう指導をしたら、ニートや、引きこもり、万年フリーターなどが、激減するに違いないと思うんだけど・・・日本の政治家は、お互い足の引っ張り合いする暇に、もっとすべきことがあるだろうに!



就職訓練を受けつつ、Careers Expo を見つつ、我ながらずいぶん遠回りをしてきた・・・いや、今からでも遅くない?・・・自分の進むべき道を見つけねば?・・・何をいまさら??・・・などなど、複雑な思い・・・にかられている。

2011年7月5日火曜日

The Employment for Refugees and Migrants Project 1

移民難民のための雇用促進プロジェクト
パーマストンノース(Palmerston North)は、難民移民受け入れ対策に力を入れている。
難民を含む多くの移民のために、マルティカルチャル・センター(MMC:Manawatu Multicultural Council主催の多文化センター)では、英語教室、エスニック料理教室、ポットラックディナー(potluck dinner)、工芸教室、などなど、様々な催しを企画開催している。

その一環として、移民難民の雇用を促進するための、いわゆる「職業能力開発訓練講座」が、新規に企画された。市の助成金で講師を雇って、週2回、15週間の短期講座で、もちろん、無料。

3月に、移民のための雇用促進世話人(Migrant Employment Facilitator)のAxelから、そのお知らせメールをもらっていたので、私も、申し込んだ。

講座は、4月18日から、7月一杯、月曜日は、Multicultural Centreの1室、水曜日は、MMCの部屋が他の講座に使用されるので図書館の会議室を借りて、1時から3時までの2時間。

講師は、英国移民のシーラ(Sheila)。彼女は、英国北西部?の出身なのか?英国の長寿テレビ連続ドラマ(soap operea)、"Coronation Street"と同じ発音をする!マンチェスター(Manchester)が舞台のこのソープ、英語のアクセントが難解で、60%くらいしか会話内容が理解できなくて、イライラしながらも、つい面白くて見ている。

Sheila も、私が普段慣れ親しんでいるBritish English やAmerican English からかけ離れた、独特のアクセントで、早口でしゃべる。 クンヴセイション(conversation) クムニケイション(communication)ロヴ(love)クムン(come in )ヌンバ(number)クリア(career)・・・・などなど、理解するためには、最初すごい集中力を要した。でも、テレビとは違って、直接(face to face)だし、前後関係(context)が、解っているので、すぐ100%理解できるようになった。

でも、生徒は、私以外は、ほとんどが(ネパール辺りからの難民移民)、ネパール語(Nepali)なまりの強烈な英語で話すから、こちらは、ン???でも前後関係から、多分、こう言ったんだろう?と、80%位は理解できるんだけど・・・その彼らが、「Kiwi(NZ人)は、Day を、ダイdie(死ね)と言う」と言って、笑っているのだ。どうやら、彼らも、自分たちの英語は、問題ないと思っているらしい?

Multicultural Centreでは、色んな国から来た人たちが、それぞれのお国言葉のアクセント混じりの英語(You-Tube が笑える!)をしゃべるので、すごく面白い。英語が世界の共通語となりつつある今、アメリカ英語、イギリス英語だけが英語ではないのだ。日本人は、American Englishで教育され、純正American English の発音で話すのが、かっこいいと思っている人が多い?けど、国の数だけ英語があるのだから、発音など気にせず、Janglish を、世界中で、堂々としゃべったらいいのだ!

それはさておき、肝心の講義の内容は:

● 求職のために自分のすべきことを認識し、行動する
 * どのような仕事に就きたいか?  
 * その仕事に求められるものは?  
 * その要求に応えるためにはどうしたらよいか?  
 * スキルアップをするにはどうしたらよいか?  

● 履歴書(CV:Curriculum Vitae)とカバーレター(covering letter)の書き方
● 面接(interview)への Q & A とそのロールプレイ
Careers NZ(公的就職援助機関)から講師を迎えて就職に関する情報を得る
● スーパーマーケット New Worldの人事課の人を迎えて、CVや面接に関する雇用側の求める被雇用者像を学ぶ
● Career Expo'見学
● グループスタディ
● その他

これまで、漠然と何か仕事をしたいと思っていた私には、自分が何ができるのか?職を得るためには何を、どう、したらいいのか?改めて考えさせられている。で、いざ、考えてみると、目標がとても曖昧で、これと言ったスキルもなし・・・・

あと3週間、今月末でこの講座は終了する。それまでに、仕事につながる何かを得ることができるかしら??